グリーンベルト (43)

夕方を過ぎ、夜になってもしょぼしょぼと雨が降り続いていた。窓の向こうに見える棟が薄闇の中にそびえ、細い階段にぽつんぽつんと明かりが灯っている。壁もアスファルトの道も何位もかも濡れそぼれているのだ。

このあたりは低地のそばに森の連なった谷戸の地形で、森の向こうには敗者の集積場と工事用車両の駐車場がある。ヘレンの家の周囲の森とは比べようもないが寂しい光景にはちがいない。

「やだあ、ご飯がやわらかく炊けすぎたわ」
 キッチンから恵子さんの高い声が聞こえてくる。
 まあ、私に聞かせるためだろう。正直、固かろうが柔らかろうがどちらでもいいのだ。
「ご飯の炊けるにおいを嗅いでいると、いろいろなことを思い出すわ」
「え、なんですって」
「なんでもないわ」
 そもそも炊きたてご飯なんて好きではないのだ。
 
 恵子さんが戻ってきていった。
「それで? それからどうしたんですか」
「それからって?」
「いやだわ。ヘレンさんですよ。結局来たんですか、来なかったんですか。続きを話してくださいよ」

「もう終わりよ」
「ウソでしょう。あ、わかったわ」
 恵子さんのおかっぱの髪がゆらゆらと揺れている。どうやら笑いをこらえているらしい」
「ひょっとして全部ウソだったの。アメリカに行ったことも何もかも」
 私は無視して恵子さんに背中を向けた。

ふいに森の向こうから、叫び声が聞こえてきた。音は細く長くつづいている。中学生たちがまたどこかの空き棟に集まって騒いでいるのだろう。

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