眠り草 (1)
健治は来るだろうか、来ないだろうか。来るなら来るでいいし、ダメならそれはそれで仕方ない。
無理に来いとは思わないけど、来たくてたまらないのは確かなのだ。でも、健治の周りにいる女たちは、なんとなく聡子を邪魔に思っている。坊ちゃん育ちの健治を意のままにあやつろうとしている。それには、聡子が邪魔なのだ。
そんな人々を聡子は内心鼻で笑っている。健治と、健治の持っている財産や会社の権利に引き寄せられて集まってくる遠縁や知り合いの女たち。だれもが結婚までもねらっているのだ。
そんな思惑をもって、健治に近づいてくる。甘いにおいに引き寄せられる蠅のように。そして近づいてくる女たちにとって、聡子ほど煙たい者はいない。ライバルなら蹴落とすこともできるが聡子は健治にとって大切すぎるほど大切な女なのだ。
聡子の顔に軽い微笑と軽蔑の表情が浮かんでくる。普段はうまく隠しているからだれも聡子がこんな感情をもっているなんて思わないだろう。
あたしは、親戚の女たちを屁とも思ってないのに、あのひとたちはあたしが気になって気になって仕方ないのだ。今だって、ソファに横になった健治が時折甘えたように向ける笑顔、それは育ちの良い青年のみが浮かべる屈託のない笑顔である――そんなものを思い出すたび聡子はまたクックと笑い出したくなるのである。
あたしはなんて意地の悪い女だろう。聡子は肩をおおう薄紫色をしたシルクのショールをもう一度しっかりと体に抱き寄せた。それは抜けるように色白で見事な銀髪になった聡子によく似合う。
数年前健治が、誕生日に贈ってくれたものなのだ。包みを開けたとき、それがあまりに美しかったので、聡子は、あっと叫び声をあげ、さわるのも忘れてしばらく見つめつづけていた。しなやかな生き物のように見えた。
健治はそんな聡子のようすを横からうれしそうに見つめていた。
「おばさん、早く付けてみてよ」
「そうね。そうだったわね」
なんて幸せだったことか。
「あの子は、ひとに物を贈るのがうまい」
聡子はそのときのことを、甘い菓子を食べるように何度もくり返して思い出している。
[…] わたし自身が71歳という年で、何年か前には、親の介護も少し経験しました。一筋縄ではいかない。親にも子にもつらい体験です。神様はなぜ人生の最後に、こんな試練をあたえるのかと思いました。親は親のまま、子の保護者としての立場を全うさせてくれればいいのに。親の尊厳はめちゃくちゃになる。あるいは、いつでも自分を無にしなさい、捨てなさいという、人生の最終章にあたえられた試練なのでしょうか。少し前、自殺ほう助について「眠り草」という、短い小説めいたものを書きました。つくりものくさい設定ですが、そのような中でしか、まだ自分の死を決定することは難しい。さらには、家族との葛藤もあるでしょうし・・・。「終活」以上に、目を背けてはいけない事柄かもしれません。今日も最後まで読んでくださりありがとうございました。ほかにも日々の思いを書いていますので、目を通していただけましたら幸いです。 […]