グリーンベルト (19)

 キヨミさんはきっと、私たちのことなんて少しも見ていないのだ。ぼーっと窓の方に可を向けている。サングラスに外の緑が写り込んでいて、まるで本物の森のようだ。小さいけれど果てしない森なのだ。
 見ているとその森がそっくり、こちら目の中に移ってくるようだった。年齢はきっと当時の私と同じくらい。四十をいくつか過ぎたくらいだと思う。まあ、サングラスを外してみないことにはなんとも言えないけど。

今日は、私たちと会わせるために、わざわざヘレンが呼んだのだ。近くに住んでいるということだけど、森はどこまでも切れ目がないから、キヨミさんの家もそんな深い森の中にあるに違いない。 
「おうちは近くなの」
 黙っているのが気まずくなって私はきいた。
「車で三十分くらいよ」
「へええ。遠いのね」
「そんなことないわよ。ヘレンの家が一番近いのよ」

「森の中って寂しいでしょう」
 君江さんが聞いた。
「ぜんぜん。寂しくなんてないわ」
 キヨミさんが鼻先で笑った。サングラスの中の森も一緒に笑っているようだ。
「動物とかいるの」
「だいぶ前、熊を見た人がいた」
「まあ、こわい」

 葉子さんがオーバーに肩をすくめる。まるで日本人らしくないのだが、だんだんそんなのが変に見えない感覚になっている。
「平気よ。銃を持ってるから」
「撃てるの」
「だぶんね。使ったことはないけど。それに一番怖いのは人間だわ」
「そりゃあ、そうだ。人が一番怖い」
 葉子さんがいった。
「まあねえ」
「家は広いの」
「日本で言ったら100坪くらいの土地よ」
「まあ、すごい」
 私たち三人は同時にいった。いや、叫んだといったほうがいいだろう。

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