グリーンベルト (29)

「まあ、だれかしら」
「どなたかお客さんですね」
「訪ねてくれるお客なんてないわ。代わりに出てくださる。どうせセールスマンか何かよ」
「わかりました」

 恵子さんは素直に言って立ち上がり玄関に向かう。私はたたみかけの洗濯物の先に、ベランダで植物が並んで日を浴びている姿をぼんやり見ている、それは幸せな光景で、おそらく私はこの先何年生きたってあの植物たちのように穏やかには生きられないだろう。

 その時、ドアの辺りで」恵子さんが声を張り上げるのが聞こえる。
「ああ、そうなんですか」                 
驚いたような声だ。きっとまた、例によって両掌を口に当ててカマトトポーズをつくっているにちがいない。私がいくら言ってもやめないのだ。きっとそれは、私にはおかしく見えるけれど、恵子さんにとっては驚いたときの必然なのだ。

 やがてドアを閉め、戻ってくると恵子さんはぺたりと私の前に座っ言った。                           「だれだと思いますか。なんと警察官なんですよ。まだ高校出て間もないくらいの、若い警察官でした」「まあ、私が出なくてよかったのかしら。呼んでくれれば行ったのに」「大丈夫ですよ。足が悪くて出れないって、言っておきました」
「玄関に出るくらいできるのに」
「いいんですよ、心配なさらないで」
結局、人に家の中のことをやってもらうってこういうことだ。なんでも思いどおりにはならない。                 

「それで、なんて」                   
「え?」                         
「お巡りさんのことよ。何か理由があって来たんでしょう」
「そうでした。最近、この辺りにサギの電話がかかってくるから気をつけてください、って」
「そうなの。息子を名乗る電話なら受けたことあるわ」
「まあ」                          
「変よね、息子なんていやしないのに」

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