眠り草 (6)

 白い家の受付横にはカトレアが白い陶磁器の花瓶からあふれんばかりに生けられている。館内には暖房が効いて暑すぎるくらいだった。

「お待ちしておりました」
 受付にいた若い女性が、ていねいに頭をさげた。
「こんにちは。駅で少し待っていたので、少し遅くなりました」
「申しわけありません」
 その時、奥から太った中年女性が出てきて、受付の女性を押しやるようにして前に立った。このひとはとても太っていて額には汗が吹き出ている。きっと首に巻いた水色のスカーフの下にも汗をかいているにちがいない。
 そして、せいいっぱいの愛想笑いを浮かべていった。

「少し道が混んでいて、お待たせしたたようですね。私は事務主任の松木といいます。これから気を付けるようにいたしますね」
「大丈夫ですよ。きっと、もう車の迎えをお願いすることはないと思いますので」

「そうですか。ここでは皆さんよく、街に出かけて帰りに迎えの車を頼まれるんですよ。面会に見える家族の方も、ときどきですが利用されます。皆さん、本当に人生を楽しまれていて」
「まあ、素敵だわ」

「そう、うらやましいくらいです。皆さん、まったくお年を感じさせません。精力的に活動されています」
「私には無理だわ。それに、あまり長くいることはないと思います」
 聡子は少し笑っていった。
 沢田家にいたときに、歓迎しないお客になるだけ早く帰ってもらうときのように。
「と申しますと・・・・・・?」
「入居の手続きのときに、沢田に私の考えを伝えたのですが、聞いておりませんか?」
「私は何も聞いておりませんが」
 松木さんは不安そうな顔でいった。
「書類にもその旨を簡単にですが書きました」
「あとで確認してみますね」
 声がだんだんか細くなっていく。

「うまく伝わっているといいのですが。つまり、事務的な書類に書くようなことではない・・・・・・」
 いいかけて、相手がまったく笑っていないのに気がついた。顔は青ざめ、額の汗は完全に冷え切っているようだった。

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