『クララとお日さま』(カズオ・イシグロ、早川書房)
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『クララとお日さま』(カズオ・イシグロ、早川書房)
カズオ・イシグロがノーベル文学賞受賞後に初めて発表された作品。注目度も高かったと思います。本の表紙から私は最初子供向けの作品かと思いましたが。
主人公はクララという、太陽エネルギーで動くAI搭載型のロボット。AF(Artificial Friend 人工親友)と呼ばれ、子供の友達、話し相手、見守りとして作られています。
スポーティーな髪型に黒っぽい服、きっと普通の人間の容姿とあまり変わりないのでしょう。
クララはほかのAFとともに、宝飾品や日用品を売る店のショウケースなどに並べられています。そこからは太陽の光を浴びたり、通りのタクシーや人々を観察しています。一度行き倒れで倒れたおじいさんと犬が、太陽の光を浴びて生き返るのを目にしたりします。
ある日、ジョディーという女の子が店にやって来て、クララを気に入り、母親と共にクララを引き取っていきます。
そして田舎の家での、母親、ジョディー、家政婦、クララの生活が始まります。ここで感じるのは、クララが家の誰に対しても寛容でやさしく、思いやりにあふれた行動をとることを第一にしていることでしょう。裏には家の人々へのさまざまな配慮や思いやりが潜んでいます。
また、この近未来?にはさまざまな格差が潜んでいます。
例えば子どもに対する「向上処置」。より優秀にするための医学的な処置?
これを受けていないジョディーの幼なじみリックは、皆から差別されて何も言えない状態です。
ジョディーは、この処置によって病気に?またなくなった姉のサリーもこの病気と何か関係があるのでしょうか。2人目の娘も亡くすのでは・・・と怖れる母親。そんな恐怖からとんでもないことをクララに頼む母親。
今私たちはAIに頼り何か知りたいと、すぐにAIに聞いてしまいます。もちろん、AIはイヤの顔ひとつするでもなく、なんでも丁寧に詳しく説明してくれ、さらに、「ほかに尋ねたいことはありますか。なんでも聞いてくださいね」
と、まるでかゆいところに手の届くような丁寧さです。
そういえば、執事のようと言っている人がいました。
クララが周りの人がどういう状況にあるのかを判断しつつ、じゃまにならないようにひっそりと行動し、務めを果たし、最善の方法を見つけます。そして友達がつらいときには、そばにいて心の支えになってくれます。
そしてクララは太陽の光を愛し、ほとんど太陽を崇拝しているといっていいくらいです。古代の太陽信仰のようにお日様の恵みを受け入れ、親友のジョディーの病気もお日様がなおしてくれると信じます。不思議ですね。
娘をうしなうかもしれないという恐れから、母親は錯乱気味に「クララをジョディーにする」というプランを考えます。
父親とクララが人について話すところが素晴しい。
ジョディーの心の奥にはもう一人のジョーディーがいて、その奥にも、そしてさらに心の奥に・・・と人の心の奥深さに気づかせてくれます。人をつくっているのは周りの人との関係性なのだと気づかせるところも心に残りました。そして何より感動なのは人々への信頼や善意をとりもどさせるクララの献身です。
今日も最後まで読んでくださりありがとうございました。ほかにも日々の思いを書いていますので、目を通していただけましたら幸いです。

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