生と死、悲しみは年々深く

今年のお盆も、コロナ禍により両親の墓参りに行けませんでした。父が亡くなって5年、母が亡くなって8年になります。

母が亡くなってすぐのころは、
「お母さんは今、死んでいる」と考えていました。
つまり、現在進行形で、死んでいる状態、ということです。

それはひょっとして、いずれは帰ってくると想定し、
つかの間の死、ingで考えていたのかもしれません。

だからか、母のことを思い出すたび、
「ああ、お母さんは、今死んでるんだよね」
と、考え気持ちを楽にするようにしていました。
喪失感を和らげるためか、私の心が勝手にそう考えることにしたのでしょうか。

けれど1年、2年とたつうちに、だんだん哀しみがふかくなっていって、

母は完全に死んでしまって、この世にはいないのだ、ということを、いよいよのっぴきならざる事実として認めざるを得なくなりました。
そうなるまでに4、5年。額の中に入れた母の顔が、年ごとに影が薄くなっていって
ある日、ついに遺影のように見えたのは、本当に悲しい瞬間でした。

「年々悲しみは深くして」というのは、その通りですね。
今はひょいと生と死の境目をまたいで、彼らの世界に簡単にいってしいそうな気のするときもあります。
呼ばれたかな・・・などと思ったりしておりますが。

今日も最後までお読みいただきありがとうございました。

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