グリーンベルト(34)

 ちょっとした諍いが起こったのはその夜ホテルに帰ってからだった。君江さんが入浴を済ませたあと、髪をタオルで拭きながら葉子さんと何か話している。
「あなたは、自分をどちら側だと思ってるわけ」
 君江さんのちょっと棘のある言葉が聞こえてくる。            
「あたしは日本人よ」と葉子さんが答える。
 ああ、またあのやり取りか、うんざりだ。               

「あたしたちと話すより、ヘレンたちと英語で話す方が楽しそうだから、てっきり日本人なのを忘れてるのかと思ったわ」
「そんなはずないでしょう」
「馬鹿みたい。あたしたちがどう思おうとあちらには関係ないのに。あたしたち寂しい日本人旅行者なんだから」
「あら、寂しいの?」
「寂しい。家にいてもアメリカに来ても。アメリカはもっと賑やかで活気のあるところかと思ってた。こんなに森ばかり見ることになるなんて。それに・・・・・・日本に帰ったらきっと、大変なことになるわ」 
 君江さんが思わせぶりな口調で言った。

「あなた何が言いたいわけ」
「帰ったら、きっと離婚話になるのよ」
「君江さん、何を言い出すの。落ち着きなさいよ」と、私。
「落ち着いてますよ。あたしはすっごく冷静。うちの夫がパチンコで170万円すってしまいました。ボーナスも前借りしたよ、って聞いたときだって結構冷静だったわ。しかも旅行前によ。だからあたしさっさと荷物をまとめて実家に帰って、そのままサラ金で借金してこの旅行に参加したのよ。ほんとは来れる状況じゃなかったのに。あはは。あたしって馬鹿みたいでしょう」

「まあ、じゃあ、なんで来たの。私はそんなつもりで誘ったんじゃないのに」
「どうしても来たかったのよ。ヘレンにも会いたかったし」
「君江さんは、優しい人だから、そんなとき断れないのよね」
 け、偽善者め!と自分のことを思いながら私は言った。

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