ツグミ団地の人々〈レモンパイレディ12〉
僕は夢の中で、またくるみを探していた。
くるみ、くるみ。
廊下に出ると、向かいのドアがバタンと開いて、
「うちの娘の友達になって」岡田さんが、半分笑っているような泣いてるような顔で近づいてきた。カリカリにカールした髪が顔の半分にかかっていて顔がよく見えない。僕は後ずさりしながら叫んだ。「いやだよ、人形の友達になんかになるのはまっぴらだ」
「じゃあ、この子を娘の友達に連れてくよ」
岡田さんは僕の足下にいたくるみをヒョイと抱き上げると、
「可愛いねえ」と、頬ずりした。
「娘の遊び相手にちょうどいい、あの娘もきっと喜ぶわ」
くるみは、にゃあ、と鳴いたけど、喜んでるのか不満なのかわからなかった。
岡田さんはそのままくるみを連れて家の中に入ってしまった。
僕は早くくるみを連れ戻しに行かないといけない。くるみがいなくなったら、母さんはどんなにガッカリするだろう。それに、あの家にいたら、あいつはきっと変な猫になってしまうだろう。
「変になってしまう? 変になるってどういうこと」
いつの間にかそばに母さんが立っていた。
「わかるだろう。変な人のところにいると変な猫になるのさ」
母さんは笑った。
「何バカなこといってるの。それに、あなたはなんて心が狭いんでしょう」
ドアの向こうから、にゃあ、にゃあとくるみの鳴声が聞える。けれど、声はだんだん、不機嫌な嗄れた声になって、まるで「たすけてくれよう」といっているようだ。
僕は焦って「はやくく、はやく、」と母さんを見上げる。
その途端に顔が岡田さんになっていて、僕はぎゃあ、と叫んで目を覚ました。
僕は半分寝ぼけながら部屋のカーテンを開けた。
晴れた日曜の朝だ。
家の中には父さんの好きなコーヒーの匂いが漂っていた。よかった、父さんが帰ってきたんだな、と僕は思った。でも、間もなくそうでないことがわかった。父さんのパジャマは昨日のままベドの横に畳まれていたし、シーツもきちんとしていて寝た形跡はない。
しかも朝はいつも台所にいるはずの母さんの姿もなかった。ガリガリガリガリという音だけが玄関でしていて、見るとくるみがドアの前に、後ろ足で立ち、ドアをひっかいているのだった。
そして僕を見ると湿っぽい鳴声をあげた。まるで、おいてきぼりにされたよー、ひどいじゃないか、とでもいっているように。