グリーンベルト(14)

 その日の午後、ヘレンは居間とキッチンを何度往復したことだろう。最後に持ちきれないほどの大きなサラダ鉢を抱えてくると、それをテーブルの真ん中に置いた。そして、やれやれといすの上に腰を下ろした。そして、
「ボブ!」
 低いしゃがれた声で夫を呼んだ。

 ボブさんが長身の体をかがめるようにしてキッチンの奥から姿を現した。普段謹厳な人の笑うときのはにかんだような微笑を頬に浮かべている。しかもおどけたように、両手に一本ずつサラダサーバーを立てて持ち、それをゆらゆら動かしながら入ってきたのだ。これにはちょっと驚かされた。

 サラダ鉢の中には細かくちぎったレタス、スライスした紫オニオン、キュウリが山盛りになり、その上に濃い緑色のタンポポの葉がギザギザの切り込みを見せて散らばっている。そして横の白い陶器には、思いに沈みこんだようなくすんだ緑色をしたガカモレソースが入れられている。

 このソースは、つぶしたアボガド、タマネギ、レモンなどで作り、を足して作る。そしてヘレンのには多分サワークリームも入っている。
 以前、ヘレンが日本いるころ、
「おいしいわ、どうやって作るの」
 そう言って、私は大騒ぎした。それを覚えていてくれたのだ。それなのに、何の礼もいわなかったことを日本に帰ってから気がついた。

 前日からかかりきりで用意してくれたご馳走。よく煮込んだトマトとチーズ味のパエリア、ディップ、朝から焼いておいてくれた茶色の固いパン、甘い匂いのパン、酢漬けの野菜、カリカリのナスのピカタ。
 キッチンにこもってヘレンのよく働く手がそれらを作るところを私は想像した。ヘレンは自分が疲れ切ってしまうことをなんとも思わない。それが誰かのためであれば・・・・・・。

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