グリーンベルト (22)
やもめの男は昼食が済むと、用があると言って先に帰った。
「今、新しいお茶をいれるわね。今日はずいぶん暑いから喉が渇いたでしょう」
ヘレンがいった。顔がうっすらと汗ばんでいる。額には汗のせいで柔らかな巻き毛が数本張り付いていた。
「もう要らないわ。それよりそろそろ買い物に行かない?」
君江さんが日本語でいった。昨日、ヘレンがホテルに電話してきたのだ。ヘレンは電話で言った。「家の『すぐ近くに』州で一番大きなショッピングモールがあるの。一緒に行ってみない?」 「まあ、素敵。行きたいわー」
葉子さんが鼻にかかった声で言った。
「あなたたちもいいでしょう」
もちろん異存のあるはずもない。
「それにお腹がいっぱいだから、少し動いたほうが良さそうね」
君江さんが一寸満足げな声でいった。キヨミさんも車を出してくれるという。
「それなら安心ね」私がいった。
「まあー、それ、どういう意味。ヘレンの車じゃ安心できないってことー」
君江さんは普段はいい人なのだが、少しはしゃいだり興奮したりすると、つい調子に乗って人の痛いところを突いてくる。
「イヤねえ、そんなことあるわけないでしょう」
葉子さんがたしなめるように言った。
「あなたたち何を買いたいの」
キヨミさんが一寸皮肉の混じった口調で言った。
「バッグ? ドレス?」
(買い物好きの、あなたたち日本人女よ)とでもいうように。
「ドレスですって?今時、そんな言葉、だれも使わないわ」
君江さんがわざとらしく大きな声で笑う。キヨミさんは少し赤くなったと思う。サングラスの中の森がさらに奥へ奥へと広がっていく。
「有名なメーカーのチョコレートがあるでしょう。それを買いたいわ」
私はいった。本当はチョコレートだろうが、何だろうがどうでもよかったのだ。
「じゃあ、まあ、仕方ないわね」肩をすくめると、キヨミさんはこちらを見て言った。
「今日はお客がくるから、あまり時間はないの」
「何時までならいいの」
「はっきりしないのよ。多分、夕方になる前に帰れたら大丈夫。暗くなってから森の中を車で走りたくないのよ」
「じゃ、やめにしましょう。それほど行きたいわけじゃないし」
「でも・・・」キヨミさんは怒ったように言った。
「ヘレンは、あなたたちをそこに連れて行きたいのよ」
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