グリーンベルト(18)

  午後もだいぶ過ぎてから、キヨミさんという四十前後の日本人女性が訪ねてきた。

 その人は二年前にアメリカ人の夫を亡くし、森の中の広い大きな家に犬と住んでいるそうだ。キヨミさんは注意深く日本語を話し、それは耳にやさしく聞こえた。ときどき口の端を引きつらせるようにしたが、ずっと濃いサングラスをかけていたので表情まではよくわからなかった。
 驚いたのはその後だ。

「スピークジャパニーズ」
 キヨミさんはいきなり言った。それから早口で続けた。
「日本語で言いなさいよ。あなたたち日本人でしょう」
 私たちはぽかんとしてしまった。そして、なんて馬鹿な日本人女なのだろう、私たちはと思った。この人はきっと、この日本人の訪問者たちを恥ずかしがっているに違いない。

 しばしの間、部屋の中を覆う気まずさにはかなり堪えたね。キヨミさんは少ししてから早口で言った。
「ごめんなさい。悪気はないの。ただちょっと・・・・・・気になって。それに、わたしの日本語おかしいでしょう。話すの久しぶりだから。なんだが、すごく変な気分なのよ」
「大丈夫。ぜんぜん変じゃないわ」
 葉子さんが落ち着いた声でいった。こんな時には本当に頼りになる人だ。どうしたら相手を落ち着かせるか知っているのだ。

「変じゃない。ほんとうに?」
「ええ、もちろんよ、ねえー」
 そう言って葉子さんは、私と君江さんに同意を求めた。
「ええ、もちろん、ぜんぜん変じゃないわ」
 私と君江さんは、あわてていった。
 それからキヨミさんを入れて私たち四人は、日本語に英語をまぜながら、小さい声で話し続けた。出身はどこなの、 なぜアメリカに来たの、そして結婚して何年になるのとか、そういった類の話だ。

「日本にはご家族がいるんでしょう?」
 私が無邪気に聴いたときキヨミさんはこちらをほとんど見なかった。頬がこわばり疲れているようにさえ見えた。

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