ツグミ団地の人々 〈小鳥が逃げた15〉

 藤本家の親族席の寂しさに比べて、隣のテーブルは賑やかだった。
 茂夫と久人の兄弟は、同じ私立大学のラブビー部だった。そしてなぜか久人が知らせたことで、その部活の仲間たちが大勢出席してくれていた。茂夫ばかりでなく、久人までいないのだから、彼らも拍子抜けのはずなのだが、スポーツマンらしく一向に気にかける様子もなく、それなりに仲間同士で盛り上がっているのだった。

 そしていつの間にか、園子がその人々の中に混じって座っている。何か冗談を言われて嬉しかったのか、身体をしならせハンカチを口に当てて笑っている 品のない人だな、と美佐子は思う。夫がけがをして、出席できないのに、まるで自分が天下を取ったように笑っているのだ。その気持ちの大部分は、嫉妬かも知れなかった。
「久人さんが、入院して来れないのに」
 それからは、あまり見ないようにして、娘の方にばかり顔を向けていた 親族席の久人の席は空席のままだ。


 その時、驚くべきことがおこった。人の気配を感じてふと横を向くと、茂夫が隣の欠席した久人の席に座っているのだ。
 あ、と美佐子は思った。次にさりげなく横を伺った。十数年の間に歳をとったには違いないが、痩せているのにがっしりと広い肩幅やいかつい顔立ちなど昔のままだった。この人はいつからここにいるのだろう。出席でも欠席でもなく、なんの返事もないままにこの日を迎えて、本来なら座る席などないはずなのに。

 何か話しかけようかと迷っていたが、茂夫は気にする風もなく、ただ新郎新婦の方を見ている。きっと出席しようかどうか迷いながら、ついに返事を出す機会を逸して本日を迎えてしまったのだろうか。そして、やむにやまれぬ気持ちで式場に駆けつけたのだろう。そして、ちょうど空いていた弟の席に取りあえず腰をおろしたのだろう。
 

 見れば、きっちりとモーニングを着ているのだ。それはずいぶんと古ぼけていて、心なしか黴のにおいがしてくるようだった。まるで古着屋で慌て買いそろえたように。そして足の辺りを見ると、ズ版の長さが寸足らずで足首が見えているのだった。

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