ツグミ団地の人々 〈小鳥が逃げた 5〉

 昼頃から吹き始めた風が、スナック梢のドアを時折カタカタと揺すった。まるで見えない客がここに誰か鋳るのかと確かめるように。「そうはいっても、あんただって未練はあったんだろう」
 坂井という客がiいった。この客も、隣接するツグミ団地の住人で
奈々の同級生の父親なのだ同級生の親たちからも敬遠されていた。
 某有名国立大学の出身なのが自慢で、幼稚園の父親参観日にいきなり、「出身大学を聞いてきやがって」と、かつて元夫の茂夫が悪態をついていた。悪気はないのだが、坊ちゃん育ちらしく聞かれたくない人間がいる、というところまで気が回らないのだ。 

 締め切った店は蒸し暑く、坂井の広すぎて半分はげ上がった額に汗が滲んでいる
 相手が聞きたくない話題をわざとのように持ち出す人間がこの世にはいる。そして坂井もそんな客の一人であった。そしてそんな客に限って、コーヒー一杯で長々と粘るのだ、と美佐子は思う。

 そのとき何の脈路もなく坂井の妻がかつて、奈々ちゃんに、といって小鳥の雛をくれた日のことを、思い出していた、

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 [幸根1]

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