千日劇場の辺り ―奇妙な案内人〈6〉
話は専門的で微に入り細にわたっていておもしろい。それに博学で骨董の知識も深く一つひとつが人の生のような流転の末ここにあるのだとよくわかる。茶碗の個性が際だって、胸に迫ってくる。 それに男の、骨董が好きでたまらないという様子には見ていて微笑ましいものがあった。美食家が美味珍味を前にしたときのように表情や声、しぐさにほとんど官能的なものが漲っている。
そんなものにも惹きつけられ、男がほかのケースに移動すると女たちもぞろぞろとそのあとをついていった。
室内は薄暗く、ハンチングを被っているので顔立ちや表情はよくわからない。けれど、美佐江にはその男が知っている人のように思える。
「ほう、これは夏向きの『瑠璃霞木立文』冷茶碗ですな。瑠璃はガラスの古名です。ガラスの碗というと最近のものに思えますが、正倉院宝物の中にも異彩を放つ白瑠璃碗がありまして、決して新しいってものでもないんですよ」
男は少し声を高めつつ、ながながと説明している。その声を聞いていて、美佐江はますます落ち着かない気持ちになる。
その時、暗い物陰から紺色の背広を着た職員のような男が近づいてくるのが見えた。職員はハンチングの男の真ん前に立つと言った。
「失礼ですが」
「はい」
ハンチングの男は不審そうな顔を向けた。
「何をしてらっしゃるんですか」
「説明してただけですよ」
静かな声いった。
周りの女たちのあいだに、ざわざわした空気が広がっていく。
「何よ、この人」
「邪魔しないでほしいわね」
職員は軽く舌打ちした。
「困るんです。館内でそんなことをされては……うちの美術館でやってることと勘違いされますから」「そうですか」男は黙った。
「知ってることを話してただけなんですけど……」
「とにかく困るんです。信用問題ですから」
男は口をつぐみ、繊細な瑠璃硝子の茶碗に視線を落とした。
どうなるかと固唾をのんで見守っていた女たちもあきらめ、やがて心残り気な様子で男から離れていった。










