グリーンベルト(2)

 こんなおばあさんが、アメリカだなんて変よね。もう30年近く前になるわね。今じゃ、脚が痛んでろくに団地の部屋からも出られないのに。まあ、居間からベランダの植物を見てるだけで充分だけど。

 ベランダの鉢類の土はおおかた乾ききっている。ゼラニウムは縦に伸びすぎて、横に葉をまったく出さず、繁茂しない代わりに枯れもせずベランダの一画を占めている。気だるい午後の日差しの中で本来の植物の生態を忘れてウツウツと半分眠りこけているのだ、申しわけ程度に錆色の花をつけながら。私も8畳ほどの居間から出ることはほとんどない。

 部屋のどこからか微かに据えたような匂いがしている。
 掃除もろくにしてないからだ。だいたい、私自身が横になってるかいすに座ってるかのどちらか。もう生活の終わった家なのだ。たまに外から小さい子のはしゃいでいるような声が聞こえると、子供がいるのだと思ってびっくりする。

 私は子供が苦手だ。
 いつだったかエレベータから降りようとすると、後ろで子供たちがげらげら笑いながら、「魔法使いのおばあさん」といった。この子たちは老人を尊敬することも知らないのだろうか。

 今の親たちは、そんなことも教えないのか。憤慨してヘルパーの恵子さんに言うと、「そんなに怒らない方がいいですよ。血圧が上がりますよ」と、まるで私自身が子供のようにたしなめられた。
「子供たちはみんな、お菓子をくれたりする、やさしいお年寄りが好きなんですよ」

 思い出していると、また腹が立ってきた。果物の据えたような匂いがますます強くなってくる。

 恵子さんが来たのは午後もだいぶ過ぎてからだ。遅れたのは、2丁目の老人の話が長過ぎて、その上、まだ帰ってくれるな、と懇願されたからだという。「あの方、」と言って恵子さんはクスッと笑う。
「あたしに帰られるのがイヤみたいなんですよ。よほどお寂しいんでしょうね」
「男の年寄りは癇性で、我慢というものができないのよ」

 恵子さんは、電話の受話器を乾いた布でふきながらチラッとこちらを見た。40歳くらいの元気な太りじしの女性だ。ずっと家で子育てしてたのだが、3人目の子が学校に上がったんでヘルパーの仕事を始めたんだそうだ。

 最初家に上がるなり、「団地だから、もう一寸こじんまりしていてきれいなのかと思ってました」と言った。

そんなことを思い出していると、恵子さんがこちらを向いていった。おかっぱ頭の目のきつい人だ。
「それで来たんですか。ヘレンさんは」
「聞いてたの。退屈で聞いてないのかと思ったわ」
「お年寄りの話を聞くのも、あたしたちの大事な仕事ですから」

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