眠り草 (12)

 「今日、来ていただいたのは、あの話がしたかったからなのよ」
 聡子はいった。佐々木マネジャーの顔は平静だったが、左が軽く貧乏ゆすりのように動いている。本人は気がついていないのかもしれないが・・・・・・。
「あの話ってなんでしょう」
「まあ、いいわ」
 聡子は背中を向けた。
「だれにでも話せることじゃないっていうのは知ってるわ。ここには特別な部屋があるのでしょう」

佐々木はいかにも困ったような顔で聡子を見つめている。

「どちらにしても私が、あと三年以内に命がなくなるのは知ってるのよ。担当のお医者がそういってたわ。血液の癌があるんだって。でも、いつごろまで生きていられるのかまでは教えてくれなかったわ。だからあたし無理矢理聞き出したのよ。おどしたりすかしたりして。だって大学出たてで、あたしの孫くらいの年齢の医者なのよ。子どもの扱いくらい慣れてるわ。二人も育てたんですもの」
 佐々木は、クスリと笑った。聡子もつられて少し笑った。

「教えてもらったのは、そこの待合室でだったわ。診察を待っている間に、あたしより少し上くらいの女性と知り合ったの。いつも上品に和服を着ているひとだったわ。何度も会ううちに親しくなって。その人いつもいってたわ。子どもを五人も育ててほかには何もないけど、とても満足してるって。そしてある日、〈もう、会えなくなるわ。長く痛みで苦しんだり、最後に人生を恨みながら死にたくないの。だから、幸せだと思ううちに自分の人生を、自分の意志で終わらせたいのよ。だれにもいえない秘密よっ〉そういって、ここのことを教えてくれたの。病院とつながってる施設があるから、そこを通して、願いをかなえてもらえるのよって」

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