舞台という特別な魔法の空間〜歌舞伎と宝塚の源流・出雲の阿国に想いを馳せて〜
こんにちは、ゆきばあです。毎日ブログを更新しています。

「なぜ私は、こんなにも舞台が好きなのだろう?」
時折、ふと考えることがあります。
答えはとてもシンプルです。
私は、生身の人間が目の前で命を動かす姿が見たいのです。
かつて「客席と舞台の境目をなくそう」という流行がありました。
けれど、舞台はやはり特別な空間です。
目に見えない境界線があるからこそ、美しいウソの世界が生まれます。
舞台があってこその演劇です。
歴史は古く、古代ギリシアの野外劇場から人々は劇に胸を熱くしてきました。
四条河原に生まれた、新しいエンターテインメント
では、日本の演劇のふるさとはどこでしょう?
それは400年以上前、1603年の京都の四条河原にありました。
出雲から来た阿国(おくに)が、河原に仮設の舞台を建てました。
彼女が見せたのは、あっと驚くお芝居です。
きらびやかな男の格好をして、はやりのお遊びを演じたのです。
女が男を演じ、相手の女は男が演じる。
男装の麗人にわく姿は、まるで今の宝塚歌劇です。
性別をひっくり返すおもしろさは、今の歌舞伎そのものです。
派手でエネルギーに満ちた世界に、京の人々は熱狂しました。
客席から現れた幽霊、天才プロデューサーの魔法
この阿国一座には、天才的な演出もありました。
当時、若くして亡くなった名古屋山三(なごやさんぞう)という美男子がいました。
阿国の恋人ともウワサされた人です。
一座のプロデューサー三十郎は、すごいアイデアを思いつきます。
「お芝居の途中で、亡くなった山三の幽霊を出そう」
阿国が舞台で切なく踊っていると、なんと客席の真ん中から幽霊が現れます。
きらびやかな衣装をまとい、未練を残して会いに来るのです。
お客たちはどれほど驚き、息をのんだことでしょう。
現実と物語の境目が消え、すぐ横を幽霊が通りすぎる興奮。
これこそが、今の歌舞伎の「花道」につながる舞台の魔法です。
400年の時を超えて、今も生き続ける河原の熱気
古代ギリシアから、京の四条河原、そして現代の劇場へ。
生身の人間が放つ熱量と、観客のときめき。
あの河原の熱気は、今も私たちの愛する舞台の上に生きています。
今日も最後まで読んでくださりありがとうございました。
ほかにも日々の思いを書いていますので、目を通していただけましたら幸いです。










