玉木屋の女房 5

 多江がこの家にきたのは、お静が亡くなって半年もたたないころだった。もともと静はできた女で、身持ちの悪い清吉にはもったいないくらいの女房だった。
 物心つく七つの歳で継母を迎えたおゆうは、最初のころ多江にもなじもうとしなかった。義理の母子になったけれど、歳も一回りしか違わない。

「よろしくね。今日から、この家で一緒に暮らさせてもらうわよ」
 おゆうは横を向いたまま、顔を上げない。
「きっと、あんたは口をきいてくれないって思ったよ」
「なんて、イヤな女だ」
 おゆうは子供心にも思った。

 食事時になっても、すねて部屋の隅で背中を向けていたりしても、多江は放っておいた。やさしい言葉をかけるでもない。
 一月ほどしてもやはり、おゆうは多江に話しかけようとしなかった。

「あたしのこと嫌いなんだろ」
 おゆうは、こくんとうなずいた。
「やっぱりねえ。そうくるだろうと思った」
 そして、あはは、と笑った。
不思議に思って顔を上げ、押さえていた指の間から多江を見ると、大まじめな顔だった。

「嫌いでもいいよ。無理に好きにならなくたって。あんたのお母さんになんて、すぐにはなれないもんね。ちゃんちゃら、おかしいよね。でもね、なんか困ったことがあったらいってよね」
 とても真剣な顔だったので、おゆうは、思わずうなずいてしまい、しまった、と思った。バツが悪くなって、そっぽを向くと、立ち上がり、ばたばたと縁側のほうへ走っていった。

一月ほどたったころ、寺子屋で一緒の絹ちゃんという女の子の家で猫の子が産まれた。近所でも、ネズミを捕るからと、猫も大事にされ、飼っている家も結構結構多かった。ある版元からは、戯画にされた猫が活躍する滑稽本や愛玩の仕方の解説書まで出されるほどだった。
寺子屋の帰りに子猫を見に行ったゆうは、そのまま一匹をもらって帰ってきた。その家でも何匹も生まれ、持て余していたのだ。

落とさないようにアゴの下にしっかり抱えているのを見ると、多江は思わず走り寄った。
「おや、なんて小さいんだろう」
掌に乗るほどの小さな猫が、おゆうの掌の上で震えていた。
「玉や、玉や」
「かってに名前をつけないで」
おゆうは継母をにらみつけた。

「だってさ、うちは玉木屋だからちょうどいいじゃないか。それになんだか、元気がないねえ」

 心配そうに猫の顔をのぞき込み、白魚のように細いしなやかな手で猫のあごから首筋に掛けてするりとなでる。猫は目を閉じたままだ。多江の白い手が、それ自体生きもののように動いて猫を撫でている。それが少し薄気味悪かった。
 このおっかさんになった人は、人は人間じゃない。化け物だ。けれど、それほど悪い化け物ではなさそうだった。猫はか細い声でみゃあみゃあと鳴いている。
「おかゆを作って食べさせてあげよう。あんたもお腹が空いただろう。さあ、中へ入って温かいものでも食べようね」
 多江はそういってお勝手に駆け込んでいった。

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