抜け道 (9)

 栗色の女は、ごそごそとバッグを探り底の方から、木でできた車のおもちゃを取り出して、はい、と子供に渡した。それから電子手帳をテーブルの上にのせ、のろのろとペンの先で突っつき始めた。

 ――車ねー、彼のほうのおじーちゃんからのプレゼントなの。木のおもちゃっていいよねー、なんか自然なかんしょくでさ。

 ――そーね。

 男の子は歩道にしゃがみ、木の車を手で動かしている。

 キーコ、キーコ。

 でこぼこした石畳の上を、車はゆっくり前進していく。男の子は車をのぞき込み、ときどき口の中で何かつぶやいている。

 キーコ、キーコ。

 赤い髪の女は、男の子の背中をちらりと見て、すぐに目をそらした。

 ――岡山に二日間ね。カレは、○○ホテルに泊まるから一般ファンが近づかないように気をつけて。コンディション狂って声が出なくなったら、大変だから。あたしたちを通さなきゃ、ぜったいプレゼントも渡させちゃだめ。

 それから、と、赤い髪の女は腰をかがめ、下に置いた大きなカバンから、真っ白な下着のようなものを取り出した。それは羽のように柔らかな材質で、女の膝の上で蠱惑的な七色の光を放っている。栗色の女が細くため息をついた。

 ――目立つわね、すごく・・・・・・。

――やっぱりスパンコールは、これくらい、たくさん付けなきゃね。

 曇り空の下に青い炎が立ち上がり、二人の女は目を伏せてうっとりと見つめつづけた。彼は新聞の隅に反射するその光を、驚いた顔で目に留めていた。

 栗色の髪の女が、細く息を吐きながらいった。

――彼のためには、これくらいしなくちゃね。

――そうよ、クスリで体がもうメチャクチャだし、来日もこれが最後かもしれないもの。できるだけたくさん付けて、彼を迎えてあげたいのよ。

 スパンコールが燦めいて二人の顔の上で砕け女たちの体は深くいすに沈み込み、広場の中央に立つポール型の時計がひっそりと針をとめていた。

 そうだ、あの顔――。路地裏で見かけた女の顔。彼は身じろぎもせずに考え続けた。

 その顔はまるで呆けた老人のものだった。ふいに新聞をテーブルの上に取り落とした。いすの両脇に両手をだらりと下げ、空をふり仰いだ。彼の目は、水滴のいっぱい詰まった薬瓶か何かのように潤んで見えた。

 この前の戦争が始まって、まだ間もないころのことだった。そのころ、少女はまだスカートをはいていた。弟が連れ歩いていると、この小さな町でかなり人目をひいた。ほんの田舎町だったのだ。そればかりではないが、気の荒い弟は目をつけられてよくけんかを売られた。謝りに行くのは、いつも彼だった。

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