ツグミ団地の人々 〈小鳥が逃げた 17〉
式の途中から茂夫がいなくなったことが信じられず美佐子の心の奥にわだかまりのように残っていた。
それから一週間ほどたったある日、見知らぬ人から手紙がきた。事務的な茶封筒だった。中には、小さな字で印字された書類とも手紙ともつかないものが入っていた。
アパートの持主からのもので、入居者の男性が一月ほど前になくなったこと。発見後しばらくたっていたこと。そして家族や親類は不明だったことから法律上の手続きをふまえて、男の持っていた所持金などで後の始末を済ませたこと。そんなことが、事務的ではあるがやや迷惑そうに書かれていた。
そして、男の持ち物の中から結婚式の招待状が丁寧に茶封筒に収められて入っていたこと。そこから住所がわかったので、この手紙を書いた旨、そしていくつかの荷物が処分されずに残っていること。そしてよろしければ、それを見に来て処分するなり、引き取るなりしてはどうか云々、とそういう内容の手紙だった。 恐らくアパートの持主は、早くけりをつけたいのだろう。
そう思って、翌日、美佐子はだれにも相談せずに、1時間半ほど電車を乗り継いでアパートに行った。あらかじめ連絡していたので、大家さんがアパートの裏にある自宅から出てきてカギを開けてくれた。
「すみません」美佐子は言った。「お手数お掛けして」
「ほんとに迷惑なんだよ。部屋で勝手に死なれちゃ。まあ、役所の方で手続きはやってもらったけど」
そう言いながらも、初老の男性はむっつりした顔で部屋をあけてくれた。
部屋は6畳ほどの広さだった。くすんだ畳の上に大きな紙袋が2つ置かれていた。衣類と置き時計のようなもの、そして部屋の隅には昔、見慣れていた鳥かごが壁に寄せられて置かれている。美佐子は、ハッとして聞いた。
「小鳥がいたんですか」
「いや、このアパートは生き物を飼うのが禁止だからね。そんなはずはないよ」
「そうですか」
美佐子は結局、荷物を全部処分してもらうことにして、逃げるようにアパートを後にしたのだった。それから、数日間、部屋にごろんと横になって空の鳥かごを見ている茂夫の姿が目に浮かんできて美佐子は眠れない日が続いた。そして、奈々がまだ小さかったときに、小鳥を探しに近くの森に行った日のことを思い出したのだ。茂夫も毎日そんなことを思いながら鳥かごを見ていたのだろうか。
そして日がたつにつれて、やはり結婚式の日に自分が見た茂夫は幻だと思うようになった。自分は幻覚を見たのだ。