グリーンベルト(49)

「そんなことで、私たちは翌日日本に帰ってきたのよ。キヨミさんをさんざん説得したのよ。でもやはり無理だったわ」
「無理だなんて、そんなことないですよ。」
 きっぱりとした声でいわれて私は我にかえった。
「なぜ、そう思うの」私は挑戦するように聞いた。
「いえ、なんとなく。可哀想な人だなと思って」
「それはアメリカに住むより、日本に住んだ方が幸せだってこと? ならあたしをご覧なさいよ。あたしを見てどう思う」

「どうって」
「寂しい高齢女性よ。だれも訪ねてくる人もいない。・・・・・・いえ、ひょっとしたら」
 私は声を潜めていった。
「あなたが、家の中をいろいろ調べてるのは知ってたわ。でもね、気の毒だけど家には金目のものはないのよ。あたしは貧乏な高齢女性なんだから。それにあなたが、いつも外を気にしてびくびくしてるのもね。だれかに追われてるのかと思ったわ。高齢女性でボケが始まってるからって、何もかも、わからないわけじゃないのよ。いつも、じっと座ってる分、いろんなことに気がつくのよ」
「・・・・・・」
「大丈夫よ、だれにもいわないから。いったて仕方ないんですもの。指輪の一つふたつなくなったっていいのよ。あんな話を熱心に聞いてくれたんだから。お礼をいうのはこちらの方よ」

 その時、恵子さんがこちらを向いた。おかっぱ頭の目のきつい人だが、今日はその目がよけいにきつく見える。

「それで来たんですか」
「さっき話したじゃない。ヘレンは、約束をやぶるような人じゃないの」
「やだぁ、そうじゃないですよ。キヨミさんのこと」

「あら、退屈で聞いてないのかと思ったわ」
「聞いてますよ。お年寄りの話を聞くのも、あたしたちの大事な仕事ですから」
「まあ、大変ですね、こんなおばあさんの話を聞かないといけなくて」

「いえ、外国の話なら楽しいですよ。自分のまわりのことなんて、くさくさしちゃって」
 恵子さんは荒んだ感じの声で言うと少し黙った。

by
関連記事