グリーンベルト1(47)

 その時、窓の下の植え込みで人影が動いたように思え、カーテンを引いた。
人の早足に去って行く後ろ姿が見えた。下に降りて誰かを確かめた方がいいのかどうか迷いながらその場に立ち尽くしていた。

 どれくらい立っていたのか知らないが、突然インターホンが鳴った。だれだろう。あの人が来たのかも知れない。ついに。ドアの側に駆け寄ってきいた。
「どなた」
 返事がない。きっと、迷って、遠慮して、何も言えないのだわ。私はロックを外し思い切りドアを開けた。叫んだのは同時だった。
「あなたなのね」
「ごめんなさい」

恵子さんが、赤い顔で息を切らしながら立っていた。
「今日はどうしても外せない用事があって」
 恵子さんは何度も頭を下げたけれど、そんなのはもうどうでもいいことだった。


 ヘレンたちと別れた後、私たちはホテルまで歩いて戻ってきた。
 レストランが明るかった分、外は暗く私たちの話し声も高く闇の中に吸い込まれていくようだった。 木立のあたりに暗い闇が吹きだまりのように溜まっている。

 私たちはなんとなく憂鬱な気分になって歩いていた。それは、明日、いよいよアメリカを発って日本へ帰らなければならないから、というわけではない。

 私は免税店で働いていた中年女性のことを思い出していた。
「なんだか、一オこういうところにいると、もう元の所に戻る気がしないのよ」

「自由だから」とちょっと寂しそうな顔でいった。私もその人の生活がなんとなく羨ましいと思ったが、境遇を替れといわれたら、それについて同意できるかどうかはわからない。
 君江さんも元気がない。レストランでコーヒーを飲んでいたときも、君江さん一人がなんとなく沈んでいるように感じられた。

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