グリーンベルト (45)
ヘレンは女の子を目に留めると、そばに近づいて、耳元にやさしい声で言った。
「まあーー、驚いたわ。ずいぶん大きくなったのね。あたしのことを覚えてる」
「あたし、すごく会いたかったの」
「嬉しいわ。あとでゆっくりお話ししましょうね」
「ええ、もちろん。よろこんで」
女の子は、はにかみながら大人っぽく言った。
その時、少し遅れて私たちのいる席に一人の東洋人女性が近づいてくるのが見えた。痩せてとがったあご、ショートカットにぴっちりした黒いワンピース、キヨミさんだった。
私たち日本人女たちは顔を見合わせた。
「まあ、驚いた。また会えるなんて」
「あたしが無理矢理連れてきたのよ」
ヘレンは顔を赤らめ、彼女が最善だと思うことをするときいつもそうだったように、憂いを含んだまなざしで私たちを見つめた。
キヨミさんは自分に関心が集まっていることなど気にする風もなく、ぼんやりと女の子のほうに視線を向けている。女の子は困ったように肩をすくめた。
「あたしにも子供がいたの。生きていたらきっとあなたぐらいの」
女の子は、ママ、と小さく言って母親の手をにぎった。母親は上からその手をしっかりと包み込んだ。
「あなたたちが帰国する前に、もう一度キヨミを会わせたかったの」そしてキヨミさんのほうに向き直るときっぱりとした声で言った。
「キヨミ、あなたは日本へ帰るべきなのよ」
「だから、何度も言ってるでしょう。あたしを待ってる人なんてだれもいないって」
「そんなことないわ。だれかがきっと待っていてくれるはずよ。それに、あなたには良いお友達ができたわ。この人たちよ」
私たちは思いもかけない展開に一寸ドギマギしてしまった。そのとき、よくヘレンが口にしている聖書の「コリント人への手紙」一節、「愛は寛容にして慈悲あり」ということばが浮かんだが、なぜその言葉が浮かんだのかわからない。
わたしには、その一節がこれまでむしろ悲しい言葉のように感じられていたから。それは、あたしには絶対に無理だっていうこと。
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