グリーンベルト(32)

 家を出ようとする前、ヘレンは悲壮な決意でもするように私たちに言った。
 ひとつひとつの言葉をゆっくりと、かみしめるように。そしてときどき天井を見上げた。まるで天国がそこにあるかのように。
「これでお別れだけど必ず再会できるわ。天国で」
 たぶん聞き違いはしてないと思う。「あたしが先に行って待っててあげます」                        

 正直驚いた。私たちが天国で再会するだなんて。いつか日本の家でいきなり、「ほら、神はそこにいます」と背後を指さされたときよりもっと驚いたくらいだ。だいたい、ヘレンが天国へ行くのは間違いないとして私はどうなのだろう。
  
 恥ずかしいのだが、私は真剣になればなるほど自分を場違いに感じてしまう人間なので、そのときもどうしていいかわからなかった。こんなにも真摯に話すことに私たちは慣れていなかった。けれど私はヘレンの顔を見て大きくうなずきさえしたのだ。

 それからヘレンはボブさんの手を取り、名残を惜しむように私たち三人の日本人女をじっと見つめていた。長い時間が経ったようにさえ思う。
「私たちはいいお友達同士だったわ」
 ヘレンが喘ぐように言い、「ほんとうにそうね」と葉子さんが続けた。

 いよいよお別れの時がきて私たちはポーチに出た。
 ガレージも闇に沈んでいた。ヘレンが運転席に座り安全ベルトを締めていると、ボブさんが家の前の暗がりから近づいてきた。ジャンパーのようなものを羽織っているのは、多分、駅まで送ろうとしているのだろう。上着をはおった上半身がふくらみ、細く長い足がゆらゆらとカゲロウのように見える。

 ヘレンはドアを開けて慌てて外に飛び出すと、ボブさんの腕をつかんだ。子供を叱りつけるようなヘレンの上ずった高い声が聞こえてきた。
「あなたは家で待っていて」

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