ツグミ団地の人々〈苦い水11〉

「そもそもが、あんたらが悪い」
 平八は、きっとして、皆川をにらんだ。
「なんだよ、このじいさんをなんとかしてくれよ」

「二人とも友達同士なんでしょ。なら、仲良くしなさいよ。ねえ」
 タカ子は店の中を見回す。気がつけば、小さい子を連れた母親たちは店から姿を消していた。

「あ、だれもいないよ。美佐子さん、ちゃんとお金もらったの」
 美佐子が、え、と思って顔をあげる。はめ込みのガラス窓の向こうがぼんやりして春霞がたったように見え、その中で子供たちが走り回り母親たちが幸福そうに笑っている。

「季節が変わろうとしてるわね」
 美佐子はため息をつくように呟いた。母親たちの頭の向こうにニョキニョキと団地の建物が聳えているのが見えた。
「霞が・・・・・・」言おうとしたとき、

「ああ」平八が嘆息した。
「僕はなぜもう少し・・・・・・」

「もう少しなんですか」
「いや、なんでもないよ」
 平八はコップの水を口に運んだ。そして心持ち顔をしかめた。
「苦いですか」
「少し、でもそれほどでもない」

「よかった」
 桜色の霞が窓の外をピンク色に染めていこうとしていた。
「なぜ、僕が毎日のようにこうして歩いているのを知ってるかね」
「彼女に会いたいからでしょう」
 タカ子が笑って言う。
「まあ、それもあるがね」
 仕方なさそうに一寸うなずくと、平八は水の入ったコップをとんとテーブルの上に置いた。


「やむにやまれぬ情熱というヤツだよ。わかるか。僕の家系にはじっとさせておかない、パッションっていうのがあるんだ。もう150年以上前のことだ。尊皇攘夷のやむにやまれぬ気持ちから、藤田小四郎様は筑波山で蜂起したのさ」
「おいおい、急にどうしたんだ。熱でもあるんじゃないか」
 皆川がのけぞってあきれたような声を出す。
「いや、そんなもんじゃない。そんなこと、どうでもいんだ」
 平八は外の子どもたちのほうを、目を細めてまぶしそうに見ながらつぶやいた。

「僕のひいじいさんは、天狗の一人だった」
「テング?」
タカ子と美佐子がびっくりしたように同時に叫んだ。

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