グリーンベルト(30)

「息子が一人いたのよ」                  
 ショッピングセンターに向かう車の中でキヨミさんは言った。

「でも、三歳のときに死んだわ。麻疹をこじらせてね」

「ちょうど夫が仕事で西海岸に行ってるときで・・・・・・。戻ってきて夫は言ったわ。どうして早く病院につれて行かなかったんだって。一晩中、あの子を温めようと思って抱いて眠ってたのよ。でも熱は下がらなかったの」
「そうだったのね」
「それからよ。私たちの間がぎくしゃくしてきたのわ」
「大変だったわね」
「夫が亡くなったなんて嘘よ。ある日車に乗って。持てるだけのものを持って出ていったの」
「そう」
「それっきり、帰ってこなかったわ」

「全然連絡はないの」
 キヨミさんは、あはは、と顔をのけぞらせて笑った。
「連絡するぐらいなら帰って来るでしょう」
「今でも愛してるのね、ご主人のこと」            
 君江さんが神妙な声で言った。

「変なこと聞かないでよ。そんなのわかるわけないじゃない」
「ごめなさい」
「ヘレンは知ってるんでしょう」 
「もちろんよ。いつもあたしの心配ばかり。だからあなたたちに会わせたのよ。『日本に帰ったらどう・・・・・・』それがあの人の口癖」
「心配してるのね」と私。                  
「余計なお世話よ。だから今日もヘレンの家になんか行きたくかったんだ。あなたたちのような、幸せな中年女があたしは大嫌い」
 そうでもないわ、キヨミさん、と私は心の中で呟いていた。日本にいる家族のことを急に思い出した。                 
 すでに会話が成立しない夫とのこと、高校でいじめに遭いもう一年間も部屋に閉じこもっている娘、そしてはらはらしながらきりつめて生活する家計の苦しさ、それが、どれだけ今のキヨミさんの生活よりましなのか、私にはわからなかった。

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