抜け道 (24)

 低いモーター音はまだ続いている。その中に、人の話声を聞いたように彼は思った。布団の上に起き上がると、あぐらをかいて座った。どうやら茶の間の方からのようだ。数人の声が、入り混じって聞こえてくる。彼は立ち上がるとその前までいって、襖をがらりと開けた。

 母親と弟と妻が、卓を囲み背をかがめてひそひそと囁き合っていた。二人の女は浴衣を着て、半帯をいい加減に後ろで結び、弟は醒めたポロシャツにズボンをはいて、あぐらをかいて座っている。母親のしわだらけの顔が、はっと息を呑んで彼を見つめた。
 ――隆一、今までどこにいってたの? 心配してたんだよ。ほら、今じゃこの人も、政二の嫁になって。
 妻は下を向いたまま、はらはらと涙を流した。
――あなたのいない間に、こんなにたくさんの子が。
 袂をひょいと持ち上げると、いく匹もの子猫が妻の膝の上でうごめき、ぴーぴーと鳴き声を上げている。黒い毛並みのがひょろひょろと畳の上に落ちると、妻は指先で子猫の首の後ろをつまみ上げ、膝に戻した。
 ――よかったじゃないか
 彼はそういって、襖を元のように締めた。

 寝床に戻り、あぐらをかいて考えこんだ。実際、あいつと一緒になっていたのは、俺だったのか弟なのか。どうやら抜け道を通って、変な場所に出てしまったぞ。
 その時、サアッーと降りかかる雨の音を彼は聞いた。雨粒が瓦に当たって跳ね返っている。それは夏の始まりを知らせる、梅雨の最後のひと降りであった。

 彼は立ち上がると、台所にいった。米櫃から一合の米を測り、炊飯器の内釜に入れた。水道から水を注ぎ入れ何度か研いだ。小さい内釜が彼の手でいっぱいになった。水を捨てこぼし、朝の七時に炊き上がるようにセットして、寝床に戻った。

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