グリーンベルト(28)

 窓の外に一瞬車のライトの光がさあっと当たって室内を照らした。
「誰の車かしら」
 ヘレンが急いでドアを開けてポーチに出た。車はゆっくりカーブして広場を過ぎポーチの手前で停まった。車中の薄ぼんやりしたライトの中に、笑っているボブさんの顔が浮かび上がる。隣に立っているヘレンが大きくため息をつく。

「なんてこと。あんなに笑ってるわ。私たちがこんなに心配してたのも知らないで」
ボブさんは高校教師の車から一人降り、互いに何か言い合っている内に車は来たときと同じように、闇の垂れ込める森の中の道を走っていった。


「そのあとヘレンは、さんざんボブさんに文句を言ったのよ。顔を真っ赤にしてね」
「そんなのは日本人夫婦といっしょですね」
 恵子さんが洗濯物を畳む手を止めて言った。
「さあ、どうかしら。あたしなんか、案外冷たいもんだったわ。夜中に帰ってきたのも知らないで先に寝ていたりね」
「そうですか。この前、2—18棟の小山さんが、あれで案外仲が良かったのよ、と言ってましたよ」
「あら、いやだ、小山さんのところにも行ってるの」
「ええ、頼まれたらどこだって」
「それにしてもあなたたちには、ひ、なんとか義務ってのがあるんじゃないの。ぺらぺらとよそのうちのことを、ほかで話したりしないでしょう」
「もちろんですよ」
 恵子さんは大きくうなずいた。

「でも、別に差し障りのない話だったらいいかな、って」
 しばらく洗濯物に集中していた恵子さんは、ふいに我慢できないというように、こちらを見て言った。
「その小山さんですけどね、床の上にビニール袋やら紙袋やらが散乱してるんですよ」
「いいじゃないの、少しぐらい」
「それが少しなんてもんじゃない。床の上がビニール袋だらけなんです。その中で、野菜が半分腐りかけていたり」
「ふーん」
 私は大きくため息をついた。そして何か言ってやろうとしたとき、玄関のインターホンが鳴った。
「まあ、だれかしら」
 私が何かいう前に、恵子さんは立ち上がると、さっとドアのほうに向かった。

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