グリーンベルト(13)

 夕暮れ時、匂いはいっそう強まるようだった。
 公園やポトマック川の岸辺を歩いていると、ふと匂いは鼻先をかすめていく。夕闇と共に匂いが辺りにふわっと広がっていくようなのだ。首をめぐらして何度も匂いの源を確かめてみずにはいられなかった。

ポトマック川を下りジョージ・ジョージワシントンの農場にいったときにも、スズランのような小さな花をたくさんつけた木を見かけた。そして、あたりには濃厚な花のにおいが立ちこめていた。

 そして今回、森の奥で嗅いだ匂いはこれまでになく強烈だった。やっと、匂いの根源をつきとめた、とでもいうように立ち止まって鼻をひくつかせた。鼻腔の奥を刺激するような匂い。この匂いはアメリカ前訴を覆い尽くしてるのではないだろうか。

 広場の先の方に5メートルほどの幹のごつごつした木が広げた枝先に白い花を密生させているのが見えた。あの花の匂いなのだろうか。
「ほら、また、匂ったわ」
「え、何よ」 
 葉子さんが呆れたようにわたしを見ている。
「あなたって、ずっとそれね。いいじゃない、別に匂ったって」
 わたしはこの匂いのもとを知ることが、アメリカという国の本質を知ることだ、くらいの妄想に囚われているのだ。

「ゆみ子さんは、ちょっと偏執狂的なところがあるから」
 君江さんが分析するようにいうので、ちょっとムッとする。君江さんに、わたしが変人呼ばわりされる筋合いはないのだ。異国にいると本来の自分の立ち位置を見失い、ささいなことでいらいらするようだ。
 葉子さんが取りなすようにいう。
「どの木? あ、あれね。カルミアじゃないかしら。あとでヘレンに聞いてみましょうよ」

 でも、結局、当日その木の話題が出ることは二度となかったのだ。わたしたちは、日本式の小さな石灯籠のある庭を通ってエレンの家の中に入っていった。

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