千日劇場の辺り ―奇妙な案内人〈5〉
エレベーター乗り場の手前に小さな宝石店があった。
店頭に手品師のように黒のスーツを着て白手袋をはめた男が立っていた。男の目の前には装置について説明している。
透明ガラスの中に回転盤のようなものが入っていて、それがかなりのスピードでぐるぐる回っていた。何かの実演販売のようだった。男は人々の顔に向かっていった。
「さあ、ご覧ください。ダイヤモンドは何によって削れると思いますか」
若い男は手品師のように両手を広げ思い入れたっぷりにいった。美佐江は困惑し、微かに苦笑しながら見ていた。
一組の夫婦のような男女がその前に立っていて、女性の方がくすぐったいような声をあげ、傍らの男を 見上げ耳許で何か囁いた。夫は妻の背中に手をかけて自分の方に少しだけ引き寄せた。その体が固く緊張しているのがわかった。
「そう、ダイヤモンドです。ダイヤモンドでしか削れないんですよ」
男がもったいぶった様子で二人の顔を見て言う。女性が小さくうなずいている。まるで少女のように。少女の心は純粋無垢である。何ものにも傷付けられない。ダイヤモンドが他の石を傷付けることはあるが、自身が傷付くことはない。
「ダイヤモンドはダイヤモンドによってしか傷を付けられないのです」
そうだろう、そうだろうという表情が、二人の顔の上に浮かぶ。ダイヤモンドの刃先によってダイヤの縁が徐々に削り取られていく。見つめている妻の口から細くため息がもれた。
エレベーターで上ったところに入場券売り場があり、美佐江はチケットを買い建物の中に入っていった。
戦前は銀行のホールだったという丸い柱の並ぶ洋館のサロン風の部屋はうす暗く、茶碗などの入ったガラスケースのところどころにやわらかい光が当たっている。見学客は中年以上の女性グループが圧倒的に多い。みんな茶でもやっている人なのか熱心に見ている。
そんな中に一人男性の見学者がいて何か話しているのに気がついた。ハンチングを被った上背のある初老の男で、回りを女たちが取り囲んでいる。気になってそばに近づいていった。
「この茶碗はだね……」
男がとうとうと話している。由来を話すその顔には何かに裏打ちされた自信がほの見えている。
皆一言も聞きもらすまいとするように男の口許を見つめ、うなずいたりため息をついたりしている。







