ツグミ団地の人々 〈小鳥が逃げた 9〉

 夏が終わり、秋が近づいているそんな九月の一日だった。空が高くなって青く澄み、涼しい潮風が団地のベランダにまで吹き込むんでいた。
 奈々がサンダルをはいてベランダに出ると、鳥かごを上からのぞき込んだ。鳥は人の気配に敏感だ。急で驚いたのか止まり木の上を横にはね、少し落ち着くとあくびでも茂夫が片側の翼を広げた。

「もう中に入れたらどう」

 美佐子が言うが、奈々は鳥たちのそばから離れない。奈々は顔を押しつけるようにして鳥かごの中を見ている。
「なんか、この子、ちょっとけがしてるみたい」
「どれどれ」茂夫が部屋から出てきた。
「ほら、こちらのはね・・・・・・・うまく広げられないでしょう」
「うん、たしかにそうだね。ちょっと、貸してごらん」
 父親は娘をどかすと鳥かごの前にしゃがんだ。そして、ケージの入り口を上に上げて、手をカゴの中に差し入れた。その途端、腕とケージの間の隙間からオス鳥がカゴの外へ出た。
 そして、そのまま翼を広げ飛んでいった。あっという間のことだった。小鳥は飛ぶのに慣れていないので、まるで落下するように地面めがけて急降下していったのだ。

 カゴの中のオスがピーッピーッと激しく鳴いた。それにこたえるように、下の灌木の間から鳴声が小さく聞こえる。インコの姿は見えない。ピピピピッという鳴き声だけが聞こえている。父親が鳥かごをもち、エレベーターを使って急いで下まで降りた。けれど茂みの中をいくら探しても、もう小鳥の姿はなかった。

「ピッピ」鳥の名前を呼びながら三人は森のあるほうへ向かっていった。ツグミ団地は周田野葉の間にぶつ帰って切り拓いて団地にしたのだ。木々や鳥や小動物が先住者で人間はあとから入り込んだに過ぎない。だからこの辺りの森は深くて暗い、
 ピッピ。
 女の子の高い声だけが分厚く茂った葉や枝にぶつかって跳ね返ってくる。

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