玉木屋の女房〈7〉
蔦重さんのところはうちと違って活気があるな。それが久しぶりに、耕書堂の店先に立っての感想だった。暖簾を見上げていると、番頭さんらしき男がじろじろと多江を見ている。困ったな、と思っていると、奥から主の蔦屋重三郎が顔をのぞかせた。
「おや、多江ちゃんじゃないか」
「あ、こんにちは。ご無沙汰してます」
多江はぺこりと頭を下げた。
「ずいぶん久しぶりだねえ。それにしても、よい娘さんになったものよ」
「そんなことないです」
多江は顔を赤らめた。
「まあ、とにかく中に入りなさいよ。なにか用があってきたんだろう」
「はい」
言われるまま中に入る。店先から奥まで、黄表紙や青本がズラリと並んでいる。そして、奥からは丁稚らしい男の子が何冊もの本を両手に抱えて持ってきては、丁寧に店先に並べていく。
その時店のたたきの辺りで灰色の塊のようなものが動くと思うと布きれの間から多江は伽あっとぬうっと男の顔が顔が現われた。多江はキャと叫び声をあげた。
振り向いて蔦重が笑った。
上がり框のところに座ったきりで、口一つ開くでもない。怒ったような顔でむっつり座ってるだけなのだ。
その横を素足で通る。板敷の上はひんやりとしている。こんなところに、どうしてずっと座っていられるのだろう。
多江はちらりとその男の顔を見た。目がどこか一点を見つめていた。それは暗い情熱に引きずり込まれた目立った。そして、寂しがり屋で、暗い情念の中に何かを誘い込もうとしている目だった。
「そんな男のことなんて、どうでも良いから早くお上がり」
蔦重は素っ気なく言った。「構わないでほっといてあげるのが、あの男には一番なのさ。そのためにここに来てるんだから」
そういうと蔦重はクスッと笑った。
不思議だな、と思いつつも座敷にすわると多江は、改めていった。
「実は、今日は玉木屋の方からお願いごとがあって、それで来ました。
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