「川を見たい」と、宇治川の川辺を歩く道長とまひろ、幼なじみのふたり。やはり原点はあの川辺だった。
こんにちは、ゆきばあです。毎日ブログを更新しています。

11月3日の光る君へ、
このところ、道長とまひろが顔を合わせる度に、二人の間でしみじみと語られる言葉が心に残ります。
「物語は人の心を映しますが、人の心は物語のようにはいきません」
これは、物語を書きつづっていたまひろ(紫式部、吉高由里子さん)の実感でもあったでしょう。
理想の男性、光源氏を書き続けてきた紫式部は、現実にはない何かを求めて、書いていたのかも知れません。
ドラマの中では、幼なじみで、自分の分身のような道長をひとつの理想として、紙の上に筆で写しこんでいったのかもしれません。
そして、そんな作業に疲れた中で、思わずもらしたのが、
「人の心は物語のようにはいきません」
という言葉・・・。
娘の賢子にも言われますが、すでに書く気力を失っていたのかもしれない。
そんな中、道長が病気との知らせが入ります。
まひろは急きょ道長が療養している宇治の別荘に向かいます。

薫と匂宮の「宇治十帖」へ
気力がなくなり半分眠ったように目を閉じていた道長ですが、まひろを見ると急に、その目に精気が戻ってきます。
「川を見たい」と宇治川の川辺を歩く二人。そして、
「おまえは、俺より先に死んではならぬ」
と、わがままいっぱいな道長殿・・・。
なぜか、さだまさしの「関白宣言」を思い出しました(__;)
つまりは、見守っていて欲しいんですよね。
だから、先に死ぬのは許さぬ。
ずっと、おれを見ていてくれ・・・!と。


雲隠で暗示される「光る君」の死
『源氏物語』では、紫の上が先に亡くなります。そして、その後、光源氏は急速に元気をなくしていきます。
さんざんぱら、楽しく恋愛模様をくり広げたのも、けっきょくのところ、紫の上という帰る場所があったからなのでしょう。
そして、本文のない「雲隠」にて源氏の死が暗示され、長い物語は終わります。
終わるはずでした、けれど、物語は源氏が亡くなったあとも、薫や匂宮を中心に「宇治十帖」へと続いていきます。
ここでは零落した姫君たちの住む、宇治川沿いの邸が舞台になります。匂宮は、たしか馬を走らせて邸までくるのでした。平安時代の貴公子、意外にたくましいです(__;)
また、今回、「この世をば~」で連想される豪腕なイメージと違って、悩んだり、悲しんだりそんな繊細さのある道長を、柄本佑さんが見せてくれて良かったと思います。
今日も最後まで読んでくださりありがとうございました。ほかにも日々の思いを書いていますので、目を通していただけましたら幸いです。

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