ツグミ団地の人々〈立春前 5〉
午前中に片付けておく仕事があり、病院に着いたころ陽は西に傾き始めていた。
駅を出ると目の前に大きな駅前ビルディングがそびえ、くすんだ古くからの商店街の前にせり出している。一軒の店の中から出てきた初老の女性に道をきいた。ビルの中を抜けるのが、病院への近道らしい。総菜売り場をとおり、反対側の入り口に出ると駐車場があって奥に白い建物がそびえていた。
中庭の先が正面入り口になっているようだ。病室は五階の廊下の一番奥にあった。壁に付いているプラスチックの名札で名前を確認すると金属の取っ手を静かに回した。
麻紀さんは小さくなってベッドの上に寝ていた。丸まったような姿で、かけ布団はほんのちょっとしか盛り上がっていなかった。前はふっくらした人だったので、いつの間にこんなに・・・・・・と思って胸が痛んだ。おまけに顔の皮膚が黄色くなって口の両脇には不機嫌そうな鯉志和が刻まれていた。
評判の美人だった人がこんな姿になってしまった。こんなにちぢんでベッドに寝ている。それが里子を悲しい気持ちにさせた。
病室の窓のそばに立って外を見ている男の人がいた。どこかで見たことがある人だな、と思ったが、近づいてくると里子にあいさつした。「今日は、わざわざありがとうごごいます」
麻紀さんの夫、篠崎さんだ。五十代後半のはずだが髪は黒々として豊かだった。染めているのかも知れない。
「しばらくご無沙汰していたら、入院したと聞いて驚きました」
「そうなんですよ。僕もびっくりして。夜中に急に立ち上がろうとして転んで。救急車を呼んだんですよ」
「そうなんですか」
話せば話すほど、その人は若々しく見えた。そして、すっかり老けてしまった麻紀さんの横ではまるで青年のように見えた。
「あああ、ああ、いたかった……」
麻紀さんは夫のほうを向くと訴えるようにいった。
「お昼には、車イスに乗せられて食堂まで連れていかれたのよ。大声で叫んだり、だらだらだらだら、こぼしながら食べてる人もいるのよ」
それから、ふいに里子のいるのに気がついた、とでもいうようにベッドの足下のほうに視線を移した。
「この人が朝からついててくれたのよ。それに、あなたまで来てくれたなんて。ちょうど、いろいろ話したいと思ってたのよ」
「じゃあ、僕はそろそろ帰るから……」
「そう」
麻紀さんは、夫の顔を名残惜しそうにじっと見つめている。
「あなた、明日も来れるでしょう」
「わからないな。夕方まで補習授業があるから」
篠崎さんはたしか、近くの私立高校の先生をしてると聞いた。
「この人、すぐに忙しいっていうのよ。なぜかしら、何がそんなに忙しいのかしら」
くどいくらいに言った。もっと、いてほしいのだ。
「ありがとうございました。今日は、わざわざ来てくれて……」
「いえ、いいんですよ。入院したと聞いた時には、本当にびっくりしました」
「この人もどんなにか嬉しいでしょう」
そんなことをいうと、篠崎さんは若々しい足取りで病室を出ていった。