ツグミ団地の人々〈レモンパイレディ〉

 母さんが淹れたコーヒーも何もかも置いて外に出て行ったのは確かだ。
 僕はなんだか不吉な予感がした。母さんはムキになると何をやり始めるかわからないからだ。僕は急いでパジャマを脱いで服に着替えると玄関に戻った。
「くるみどいてろよ」
 くるみをドアから離して、ドアを開けて外に出た。

 その途端、目の前にいる人にぶつかりそうになった。岡田さんだった。なぜか岡田さんが立っていたのだ。
「坊ちゃん、ママさんなら、廃校のあるほうへ行ったわよ」
「ほんとですか。どうして。どうして知ってるんですか」
「さっき、ベランダから見えたのよ。ちょうど洗濯物を干してるときだった。ママさんが急いで走って行くのが。それで坊ちゃん、どうしてるかって思って気になって」

 きっと僕んちを探っていたんだろう。ともかく僕はそれだけ聞くと、すぐに階段に向かった。
 ドアの向こうで、猛烈な声でくるみの鳴くのが聞えたけど知ったこっちゃない。ここで、僕ががんばらなきゃ、この家がだめになっちゃうって、そう思ったんだ。

 廃校は、半分森みたいに高い木々におおわれた向こう側にある。
少しだけ、台形の形をした体育館のオレンジ色の屋根が木の上に覗いているのが見える。歩いていくとその手前にプールがあるのが見えた。
 何年も使われていない水の入ってないプールってどこか恐ろしい。きっと、岡田さんの娘が倒れていたというのは、あのプールなのだろう。そう考えると背中がゾクッとした。
 僕はそれでも、引き寄せられるようにそちらに向かって歩いていった。手前に1メートルくらい草が高く茂った茂みがある。そこに人が、小さくしゃがんでいるのが見えた。

「母さんだ」
 僕は叫んで、そちらに向かって走って行った。

 気がついて母さんは振り向いた。
 それから、「シッ」といって、僕の頭に手を乗せて、強引に自分の横にしゃがませた。それからゆっくり首をふると、僕の顔を見つめ水のないプールのほうを指さした。
 プールの縁にふたりの人が座っているのが見えた。ひとりは父さんで、もうひとりはピンク色のワンピースを着た女の人、と思ってよく見たら、あの女装おじさんだった。僕は何がなんだかわからなくなった。

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