グリーンベルト (48)
明日は早く起きなければいけない。それなのに、ベッドに入るのがすっかり遅くなってしまった。「あなたはなぜ、別れないの」
もう眠ろうとしていたときに、葉子さんの声がいきなり聞こえてきた。
「それは・・・・・・」
沈黙があって、少しして、「どうしてかしらね」君江さんは不思議そうな声でいった。
それから、プッと吹き出して、
「そんなこと言えるわけないでしょう。好きだから・・・・・・なんて」
気がつくと君江さんはどうも毛布の下で泣いてるみたいだ。
「そうなのね」
葉子さんはしみじみとした声で言って、天上を向いてじっとしている。
君江さんは泣き続けている。
私は立ち上がって君江さんのベッドのそばまで行き、背中をなでてあげたいと思ったけれどそうはしなかった。ヘレンならそうするだろうな、と思ったけれど、私たち日本人はあまりにもシャイなのだ。
そんな風にして、アメリカでの最後の夜は過ぎていった。
それから、いきなり葉子さんが言った。
「ねえ、来たこと後悔してないでしょ。本当のこと言って。あたしが無理矢理誘ったから来たの」
「違うわよ」私はかなり眠かったので、不機嫌な声で言った。
「楽しかったわ。ヘレンにも会えたし。それに・・・・・・」
そのとき葉子さんが、ふいに大きな声で言った。
「ねえ、キヨミさん、本当に帰って来るかしら」
さっきレストランの前で別れたあと、何を思ったか君江さんがふいにキヨミさんのそばに走り寄っていった。そして、肩に手をかけて言った。
「キヨミさん、日本に帰りましょ、あたしたちと一緒に」
「そうよ、それがいいわ」私たちも言った。
キヨミさんは一瞬黙ったけれど、ふいに君江さんを見つめるとげらげら笑い出した。
無理よー。チケットがないんですもの」
「じゃあ、いつか」葉子さんが言った。
キヨミさんはふと遠くを見る目になって言った。
「そうねえ、三十年たったら行くかもしれない・・・・・・」
「まああ、冗談でしょう?」
葉子さんが言い、「本気かもしれないわ」キヨミさんは口元をゆがめてふんと笑った。
「じゃあ、待ってるわ」
それから私たちは、住所や電話番号をメモしてキヨミさんにわたしたのよ。まだ、携帯電話やスマホなんてないころのことだった。
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