ツグミ団地の人々 〈小鳥が逃げた7〉

 そんな何日かが過ぎたある日、奈々が怯えた顔でキッチンに駆け込んできた。
「チーが変だ」
「どうしたの」
「目が小さくなって、グルグルいって怒ってるみたい」
 美佐子がバランダに出てみると、オスのチーが何かに取り憑かれたように白目をむき、嘴を激しく上下させている。そして体を震わせながら姉鳥の前で羽をばた美佐子はつかせた。多分これは求愛の仕草なのだろうと母親は思った。

「チーが気が狂った」
奈々は今にも泣き出しそうな顔である。美佐子は上からじっと鳥かごを見下ろしていた。

姉鳥は弟の空騒ぎにも知らんぷりでうるさそうに目を閉じている。けれど、あまりの騒々しさに我慢できなくなったのか、ついに目を細く開き、嘴で鋭く弟の体を突いた。
 鳥は二、三歩ほども横に退きそのまま籠の隅まで移動して、傷めた羽根を嘴でゆっくりなめた。

 騒ぎは十五分ばかりも続いたが、やがてあきらめと疲れとで、二羽は体を丸め和毛をふくらませて、うとうとし始めた。夢でも見ているのか、時々かすかに体を震わせた。体の中に記憶している先祖からのおびえを反復するように。永い時を共有し合う夫婦のようにも見えた。 

 そういえばこの頃から、なんとなく夫婦仲がうまくいかなくなったのだ、と美佐子は思う。
 茂夫の帰宅が深夜になる日が続き、昼間あったことを話しても、めんどくさそうに顔を背けるだけだった。

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