笑ってない目がコワい、といわれるムロツヨシさんの秀吉。のちの関白秀次の切腹には15歳、駒姫の悲劇も・・・。
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「どうする家康」、ムロツヨシさんの秀吉が気になる。
秀吉はサイコパス?
人のよい憎めない風を装いつつ、ふと気がつけば笑わない目でじっと見つめている。何を考えているのだろ。不気味である。今の言葉でいえばサイコパス・・・? 柴田勝家にサルといわれたり、けりを入れられてもへらへらと笑っていられる。そこがコワい。
またのちに、信長の妹であるお市の方の娘茶々を側室にしたのをはじめ、秀吉のおんな好きは有名である。天下人であったからなんの苦もなく、地方の国主の娘や、貴族の娘、町人の娘たちを連れてきては、側女にしたのである。
茶々の場合は、かつての主 信長の姪っ子であるから、女好きというだけでなく彼の征服欲をも満足させたにちがいない。
悲劇の少女駒姫
そして秀吉の残虐性は、甥の関白秀次に濡れ衣の罪をかぶせて切腹させ、三条河原でその子や側室39人をことごとく惨殺したところにも表れている。
家康が裏切った家臣まで許したのとは対照的だ。
惨殺された中に、山形の最上義光の次女 駒姫もいた。駒姫は幼い頃から抜きん出て美しく、その器量を見込まれて秀次から側室にと望まれていた。
けれどせめて15歳までまってほしいと懇願され、ようやく15歳になったところで京に向かった。そして邸に着いてホッとする間もなく、秀次切腹の知らせがとどいたのだ。
駒姫も側室と見なされ、秀次と顔を合わさないままに三条河原に引かれて処刑されることになった。なんたる悲劇。しかもまだ15歳の少女ではないか。父の最上義光や淀君にも命乞いされ、ようやく許しが出て、早馬で処刑場に駆けつけたが間に合わず処刑されてしまった。
15歳で散った命が憐れである。この公開処刑の酷さに京の人々は顔を背けたという。権力が秀吉を残虐にしたのか、もともとその素質があったのか。
秀吉が剽軽者として描かれる時はこんな暗黒面はあまり出てこないが、ほかにも、城の兵糧攻めや、そのあとの酷い処刑など、なかなかに恐ろしい人物のようだ。
今回、ムロツヨシさんの笑っていない目が話題に上ったが、この秀吉が今後どんな人物像を見せてくれるのか、楽しみなようなこわいような。ムロツヨシさんの演技力にも期待している。
今回のドラマ、秀吉をどう描くのか興味が尽きない。
今日も最後まで読んでくださりありがとうございました。ほかにも日々の思いを書いていますので、目を通していただけましたら幸いです。