伊賀越えがあるのかないのか、次回が気になります。
こんにちは、ゆきばあです。毎日ブログを更新しています。
「わしをたぬき呼ばわりするでない」

「生きて伊賀越えなどできるわけなかろう。見せかけじゃ」
「化かし合いなら、殿が一枚上手ですな」
「わしをたぬき呼ばわりするでない」
ここのやり取りが本当におもしろい。
当時から、家来の皆、内心殿を狸と思っていた疑いが・・・。
恐い信長とはまた違って、部下が突っ込みを入れられるリーダー像かもしれませんね。笑
実はここですが、
伊賀越えと見せかけて船で・・・と見せかけて
やはり伊賀越え・・・ではないかと、内心期待しています。
最初に異変を知らせた茶屋四郎次郎
ところで、最初に、本能寺の変を家康に告げようとしたのは、商人茶屋四郎次郎でした。
家康の供をして一緒に堺にいたのですが、先に京に向かったことで光秀の謀反を知り、急きょ堺に引き返したのです。
これが幸いしました。
「ワシは知恩院で切腹する」
信長の死を知った家康は、なんと信長の後を追って、
「ワシは、京の知恩院で切腹するぞ」
といったそうです。家臣たちは大慌てですよね。ここで主に死なれてはたまりません。莊です。
「どうする家康」でも、このシーンありましたね。
そこを、なんとか説得して、ようやく三河へ戻る決心をさせました。まあ、家康のことなので本心かどうかはわかりませんが・・・。
服部半蔵と伊賀衆の助け
そこで、最初のところの会話になるのですが、史実では、すごい勢いで伊賀をこえて、本能寺の変の2日後には伊勢国白子にたどりついたそうです。
それには、服部半蔵や伊賀衆の助け、また、茶屋四郎次郎の財力も大きかったと言われます。
そして、白子からは船で三河へもどったそうです。
名物にもなっている伊賀越え、やはり次回の「豊臣兄弟」で描かれるのか、それともあっさりと船で戻るのか楽しみに待ちたいと思います。
今日も最後まで読んでくださりありがとうございました。ほかにも日々の思いを書いていますので、目を通していただけましたら幸いです。









