私たちはすでに花畑の広がる 夢のように巨大なシャボン玉の中に住んでるのかも知れません
こんにちは、ゆきばあです。毎日ブログを更新しています。

こう言ってれば安心という言葉がいくつかある。例えば、戦争反対からはじまって、多様性、多文化共生、そして、「おもてなし」まで。
なぜか、1900年代まではそれほどでもなかった気がする。そして、SDGsが言われ出したのがその少し後のことだろう。
さるセミナーで初めて聞いた言葉だった。貧困、飢餓、差別・・・17項目のあらゆる悪をなくそう。それは素晴しいことだけれど、果たしてそんなことできるだろうか。私たち人間はちっぽけな存在で、この地球上にかろうじて生かしてもらっている。
地球上のあらゆる幸福を願うなんて身の程知らずのことではないだろうか。そして、人がとてつもないことを願い出したようで空恐ろしくなった。
その頃から社会が少しずつ変わっていった気がする。私たちは社会で善良で、だれにでも優しく、特に外国人には親切でなければならない。どんどん日本に来てもらって、さまざまな権利を保障し仲良く暮らしてもらおう。
こちらが親切にすれば、あちらもきっと笑顔を返してくれる。
そんな夢物語の世界に、私たちは飛びつき、いつの間にか花畑の広がる巨大な空想のシャボン玉の中にスッポリはまり込んでしまった。そしてだれも、自分たちがすでに、そんなシャボン玉の中にいるのだと打ち明けたがらない。
それは、「王様は裸だ!」と言うのと同じくらい恐ろしい勇気の要ることなのだ。
「この日本では、戦略とは軍事上のことだと思われ、辞書ですら、ストラテジーとは政略である事も明記していない」
作家の塩野七生さんは、『日本人へ 国家と歴史篇』の中でこう書いている。
そろそろ、このことに気づいてくれる政治家が出てくれれば良い。いや、すでに出ているのだろうか。
今日も最後まで読んでくださりありがとうございました。ほかにも日々の思いを書いていますので、目を通していただけましたら幸いです。










