冷徹さとおもしろさが同居。秀吉に見る二面性について。ときに日本を救い、ときに残酷にもなります。

こんにちは、ゆきばあです。毎日ブログを更新しています。

今の「豊臣兄弟!」観ていて思うのは、秀吉は目的のためには手段を選ばずっていうところがあるのだろうなということです。

はしっこい、というか狡いところもあって、それでもひとがついてきたのは、明ると、自分に役に立つ人間を見分ける目があったのでしょう。

少し逸れますが、以前、仕事でおつきあいのあった人で、みんなに嫌われている人がいました。その前任者は、やさしい人でした。
そんな彼がある日、前任者について語りました。
「僕は何人も後輩を育てた。○○も・・・。でも彼は、一人も育てていないよ」と。

しょうもない人の方が、回りが育つ?

人生の不思議・・・というか、ここが世の中一筋縄ではいかないところで、世の中が人格者ばかりでない理由も、なんとなくわかる気がします。

長崎をイエズス会から没収

ところで秀吉ですが、きっと、並外れて優れたところと欠けたところの両面があったのでしょう。だから、のちに甥の秀次に自死を迫り一族を根絶やしにするかと思うと、日本を救うような良いこともしました。
それは、イエズス会領地になっていた長崎を同会から没収したことです。

宣教師の布教活動にともないいつの間にか、長崎が植民地政策の拠点にされつつあったのです。また日本人をさらって奴隷にし、海外に売り飛ばしていたとも言われます。秀吉がそんな決断をしなかったら、日本は西洋の植民地になっていたかもしれません。

そんな明るさと陰のある二面性を池松壮亮さんはよく表現されていて、秀長の仲野太賀さんは、兄に尽くす一方で時に兄を叱咤する名参謀の弟役をしっかりと自分のものにされています。

今日も最後まで読んでくださりありがとうございました。ほかにも日々の思いを書いていますので、目を通していただけましたら幸いです。

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