お茶を飲みながら人を待っていたら、ふと聞こえてきたのが「自分は延命措置はしてほしくないよ」という声
こんにちは、ゆきばあです。毎日ブログを更新しています。

この前、お茶を飲みながら人を待っていたら、近くのテーブルに男性の高齢者4人の方が座っていて、いろいろ話に花を咲かせていた。
ふと聞こえてきたのが、
「自分は延命措置はしてほしくないよ」
という声でした。おや、と思いました。
「スイスに行って安楽死するんだ。日本ではできないから。日本も安楽死を認めるべきだよ」
回りの人は、半分うなずいているような、賛成できないというような・・・。
きっと若い方は、高齢者が、いつまでも年金で楽々と生きていたり、子供に面倒を見てもらいたいと願っている、と思うかもしれませんが、最近の高齢者はちょっと違うような気がします。
特に私の知っている範囲では、皆さん子に面倒を見てもらうというよりも、子を独り立ちさせれば、その後は、なるべく子どもたちに迷惑をかけずに暮らしていこうと考えている気がします。できるだけいい感じの関係を続けて、そしていつか、静かにいなくなろう、と願っている高齢者は意外と多いのです。
私もその一人です。
まれに、親孝行というのは、子が親の老後まで引き受けて面倒を見ることだという考えの親御さんもいるようですが、もうほんの一部なのではないでしょうか。
核家族どまん中の私たちが今更
何しろ私たちは、核家族どまん中の生活を送ってきた世代です。わが子たちもおじいちゃん、おばあちゃんと一つ家に同居する体験がなく、家で老人を見てさらに見送るという体験がありません。
私たちが家で親を見るということをしてこなかったから当然のことです。自分たちは子に面倒を見てもらおうなんて、虫が良すぎるかな・・・と。
また、今の日本のように働く世代の収入が少なくなって自分たちの生活で精一杯という状態では、とても老いた親たちの面倒を見ることなどできませんし、まして狭い家で同居するなど、子世代にとっても、親にとっても不幸でしかないでしょう。
そういうわけで、自分の老後は自分で見なければいけません。有料老人ホームに入るにしても、先立つものがありません(__;)
きっと回りの人もみな、そういうことをいろいろ考え始めているのかな、などと思ったりしています。まあ、動けるうちはがんばって動く。動けなくなったら、まあ、そのときに考えよう。
今日も最後まで読んでくださりありがとうございました。ほかにも日々の思いを書いていますので、目を通していただけましたら幸いです。










