神が人生の終盤に授けてくれるものは何でも喜んで受け取ろう。きっとそれが自分の幸せにつながる

こんにちは、ゆきばあです。毎日ブログを更新しています。

高齢者にとって、何よりこわいのが転倒と骨折です。
義母は、90歳過ぎまで地方都市で一人暮らしをしていましたが、廊下で転んで骨折し、一人暮らしができなくなりました。

それまで、義父といっしょに住んだ家を守ってがんばっていたのです。
頭もずっとクリアーで、電話していても、私の方が記憶がおぼろだったということがよくありました。

ところで、痴呆になるとよくない、痴呆になるとつらい、年をとってもそれだけは「絶対いや」などととよく言われます。
ところがある方のツイートを見ていたら、むしろその痴呆こそが老後に訪れる救いかも知れないのだ、といいます。

認知症は、「神が人生の最後に授けてくれた、幸せな病気なのだ」との話もききます。
よく、アルツハイマーと診断され「うわっ、これでもう、自分の人生終わりだな~」と思いがちだが、実はそうではない。

自分がそれまでの人生をどう生きたか、どんなことを大事にしていたか。
そしてどんなときの自分が幸せだったか、振り返ってみて、その幸せを頭から足の先まで、自分の体全部に思い興させることが大切なのだ。

あのときは、楽しかったな~、良かったな~、そう思って引き続き幸せな気持ちいっぱいに暮らせば良いのだ。
自分のことだから、自分の良さや、自分がなにで幸せになれるか知り尽くしている。
好きな音楽をきいたり、好きなものを食べたり、気持ちをつづったり。

そして、楽曲の最後を締めくくるように穏やかな気持ちで生きていけたらいいのだ。

最後まで読んでくださりありがとうございました。ほかにも日々の思いを書いていますので、目を通していただけましたら幸いです。

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