ツグミ団地の人々〈苦い水 6〉
その日、平八と皆川が電話の前で衝突したのは当然の帰結だった。内心ハラハラしていたことが起こったのだ。
電話が空くのをじりじりしながら待っていた皆川が、ついに立ち上がると平八のそばまで行った。「おい、おい、ご隠居さん。いったいだれと話してるんだ。いいかげんにしろよ」
「まいったなあ」美佐子はつぶやいた。
けれどよく考えれば、たとえ爺さん二人がここでつかみ合いをしたとしてもたかが知れている。すぐにそれに気づき、傍観することに腹を決めた。
平八はゆっくり受話器を置くと胸をはった。
「ぼくはね、毎朝ここで電話をかけることにしてるんだよ。この数年間そうしてきたんだ。あんたにとやかく言われる筋合いはないね」
「とやかく言ってるんじゃないよ、話がもうちっと短くならないか、って言ってるんだ。年寄りの話は長くて、いけねぇ」
「あんただって、年寄りじゃないかね。年寄りは年寄り同士、いたわり合うもんだよ」
平八が言い聞かせるように言った。
「ところが、そうはいかないんだな。あんたみたいな楽隠居を見てると、つい、イライラしてねえ」
皆川はバカにし切った顔である。
「ぼくのどこが楽隠居なんだい。これで、家で悪妻にどれだけガマンしているか、きみのように好き勝手なことをしてきた人間には、わかるまい。自慢じゃないけどね、ぼくは立派なこともしないかわり、あんたみたいに、ひと様に迷惑かけたこともないよ」
「そんな年寄りが、ヘドが出るってんだよ。年寄りなら年寄りらしく、少しは世のため、人のためになることをしたらどうだ」
「じゃあ、君はどうなんだね」
「おれは……」
皆川はツンと澄まして言った。
「おれは駐車場だった場所に、幼稚園を建てるつもりだ。貧しい子もそうでない子も等しく教育し、未来の日本をになう立派な人間にしてやろうと思ってる」
美佐子は呆気にとられ、カウンター前のタカ子と顔を見合わせた。
「君は君のやりたいことをやればいいさ。僕は僕のやりたいことをやる。それに、貧しい子なんてどこにいるんだい。ほら、みんな満ち足りた顔をしてるじゃないか」
気がつくと、いつ来たのか、マラソン夫人たちの横で小さい男の子と女の子がストローで水を吸ってはそこらにまき散らして遊んでいた。母親たちは話に夢中で気がつかない。