グリーンベルト (44)
ヘレンが赤い顔で駆け込んできたのは私たちがデザートも食べ終え、もうそろそろ帰ろうと思っていたときだったわね。気まずさは最後までつづき、もう、どうやってその場を取り繕っていいかわからないほどだった。
女の子はだいぶ前から飽きてしまって、もじもじしたり、わけもなく笑ったり、父親と目が合うとぷいと横を向いてしまったり。ほんと参ってしまったわね。そんなとき、君江さんはバッグの中から折り紙を取り出 して、鶴とか変えるとか、和人形とか折って見せてあげたのよ。
「これなに」
「これは、日本の舞妓さんよ」
「ちがう、これよ」
「ああ、これは帯よ。だらりのオビ」
「ふーん」
「日本のお客さんに失礼よ。やめなさい」
君江さんは全然平気で、しかも呑気にひとうひとつ丁寧に折っていくの。だから女の子も目を輝かせて見ていたわ。
「あたしこれしってる。日本にいるときに、おったわ」
「ヘレンが教えてくれたのよね」
「ヘレン・・・・・・?」
「きっと、もう覚えてないと思うよ」
「ヘレン。あたし覚えてるわ」
「そんなはずないよ。君はすごく小さかったからね」
「おぼえてるっていってるでしょう。ふん、パパなんてだいきらい」
きっと、女の子は見知らぬ異国の女たちに囲まれて緊張し、極端に疲れきっていたのだろう。
「もう、いいかげんにしなさい」
母親が眉根をつり上げた。こんな時は日本の親もアメリカの親も同じだ。
「おぼえてるっていってるでしょう。あたし、ヘレンにあいたいの」
女の子がしゃくり上げながら言ったとき、入り口の方からさあっと風が吹き込んできたかと思うと、ヘレンがーブルの端に座っていた私の傍らに立っていた。喘いで胸を大きく上下させている。
「ヘレン」「どうしたの」
「やっぱり来てくれたのね」
私たちは口々に叫んんだ。女の子はむしろ疑り深そうにヘレンを見上げている。