グリーンベルト(27)
下の洗面所が塞がっていたので、寝室のを借りようと二階へ上がった。
階段はすでに足下が暗く、上りきると寝室のドアが開いていて、奥に白いベッドカバーをつけたベッドがふたつ並んでいるのが見えた。ちょうど頭の辺りに窓がくられ、その先に森が深々と広がっていた。森の上には、落ちかけた太陽が鈍いオレンジ色の光を投げかけていた。
私は吸い寄せられるように窓に近づいていった。暗い陰気な森が見えた。窓枠から身を乗り出すように見つめると、森のほうでも奥に凶暴な闇を抱えて見つめ返してくるようだった。なぜかゾッとして窓から離れた。
「あぶない、あぶない」
私はそう言うと窓に背を向けて、そそくさと洗面所のドアを開けた。
階下へ降りると室内は一段と暗くなっていた。
そして、日本人の友人ふたりがぼんやりとたちつくしている。ふたりは、あっといった。その先が続かない。
「どうしたの」私は聞いた。
「どうしたのよ」
「いえね、ボブさんかと思ったのよ」
君江さんが大きな声で言った。
「暗いからよくわからなかった。あなただったのね」
葉子さんも、がっかりしたような声で言う。
「何、だから、どうしたっていうの」
「ボブさんがいないのよ」葉子さんがなだめるような口調で言う。
「姿が見えないから、ヘレンが今慌てて、近所のおうちに聞きにいってるのよ」
「え、いったい、どうしたのかしら」
なぜか先ほど見た、凶暴なほど深くて暗い森を思い出してしまう。その時、ヘレンがドアを開けて戻ってきた。
「どうだった?」
「ああ。なんてこと、どこにもいないのよ」
ヘレンが頭をかかえる。私たちは家の中を探し回った。きれいなキッチンや、ボブさんの書斎、地下に作られた日本式に泡の出る浴室。何もかも整っているのにボブさんの姿だけが見えないのだ。
リビングルームの窓の外はとっぷりと暮れて夜の帳が降り、その先はどこまでも深い闇だった。私は森がボブさんを飲み込んでしまったような不安を感じた。