玉木屋の女房 9

 あの男、斎藤十郎兵衛は、痩身をかがめるように歩く一見貧相にも見える男だった。あんなふてぶてしいほど人を食った大首絵を描くような、図々しさや外連味はなく、目をどこかはかなげに中のどこかに向け、着物の前がさばけてすうすうしてるのも気にせずにひょうひょうとした様子で歩いていく。

「はだけた胸に、あばらが浮き出てるに違いない」

 貧相な男の嫌いな、おゆらが馬鹿にしきった顔で言う。この前までは、多江もそのように思わないでもなかったが、先日父の工房で刷り上がった一枚を見てから考えが変わった。首絵の役者の顔はぞくぞくするほど怖くて、それでいて引き込まれずにはいられなかった。ふてぶてしくて魅力があった。

 あの写楽という男はどうなのだろう。ちょっと育ちの良さそうなのに、寒々と着流しにし、金とも縁のなさそうな寒々とした感じだが、あのふてぶてしい大首絵の作者だと思えば逆に別の魅力が出てくるように思えた。

 多江は気がつけばそうして、いつでもあの役者のことを考えていた。ボーッとしていて、気がつけばいつもそうなのだった。多江は夢の中であの大首絵の男が江から抜け出して多江の横に立っていた。その男は悪い男なんだ、と知っているのにそばを離れることができない。

「馬鹿なことはお言でないよ」

 おゆうが釘をさした。

「あんな男は、あんたのようなやさしい娘の同情を煽るのなんか、得意中の得意なんだから、卑怯な男さ。あの人についてっちゃ駄目だよ」

 こんな時、継母の言い様はずいぶん意地悪に聞こえる。生みの親が言うならもう少し素直に聞く気になるのだろうか。

 そうだろうか。多江にはそうは思えなかった。あの人は、不器用で、生き方が下手なんだ。きっと、あたしなら、あの男を世間の厳しい風から守ってやれる。そう思ったのも、まったくおぼこ娘の無知としか言いようがなかった。

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