戦後を生きたハマのメリーさん。五大路子さんの舞台にも感動!

今日は敬老の日。
なんだかんだいっても、今のシニア層はほんとに幸せです。
コロナ禍の中も、高齢者の命を守れ!と、皆さん、自粛に、リモートワーク、
営業短縮など、戒厳令下のような苦難の日々がつづきました。
若者や、子育て中のご家庭など、大丈夫かしらとに心配になりました。
幸いロックダウンというのは、ありませんでしたが・・・

そんな中感じたのは、日本がひょっとして、
世界一、老人の住みやすい国ではないかしら、ということです。

灯ともし頃の日本大通りです。ここも、メリーさんが歩いたかもしれません

ハマのメリーさんを知ってますか

もうだいぶ昔になりますが、横浜駅西口にある高島屋の洗面所で
ばったりと、純白のフリフリのドレスを身につけ、大きなつば広の帽子をかぶった、70歳すぎの女性を見かけました。

顔は真っ白にぬられていて、思わず、あ、と叫びそうになりましたが、
その方は、気にする風もなく、悠然として品良く洗面所をあとにされました。
それがハマのメリーさんを見た最初のことでした。

たいへん堂々としていて、年を召された優雅なお嬢さまという感じでした、
話には聞いていましたが、初めてあった時にはやはり衝撃でした。
知り合いは、一度、県民ホール入口の石段あたりに腰をおろしているのをお見かけしたそうです。

忘れられないその姿は、人々の心に強い印象を残しました。
きっとだれでも、なぜ……と思ったことでしょう。

安全な場所にいてもらい、食事ほかのサポートをすることは日本の福祉にはできるし、
多くの人々が、高齢になれば平穏な生活を選ぶのが当然のこととされています。

でも、メリーさんは、そうしなかった。
最高にドレスアップした姿でまちを歩き、みんなに見られることを選んだ。
きっと心の中は、貴婦人だったのでしょう。
そしてそんな貴婦人を賞賛し、見つめる人々の目を必要としたのでしょうか?

メリーさんは、洋風の建物や、真っ白な広い道路や、街路樹と一体になり
まちの風景の一部になることを望んだのでしょうか。

五大路子さんが、「ハマのメリーさん」や「横浜ローザ」の舞台で、その孤高の女性を見事に演じてらして、
拝見したときには、心が震えるほどの感動を覚えました。
ひとつの戦後を生きた女性の姿そのものなのですね。

日も暮れて、明かりのまぶしい横浜スタジアムの横を過ぎて家路に向かう人々

幸せな老後って?

あと4年で、戦後すぐに生まれたひとが全員75歳になります。よくいわれる2025年問題です。私の住む横浜若葉台というマンモス団地では、住民の50パーセント以上が65歳以上の高齢者です。
けれど、要介護率がとても低く、それが皆さんに驚かれ、メディアの方ががよく取材に訪れます。

いまも、みんなで助け合うまちを目指しさまざまな取り組みをしています。
助け合うこと、それはとても大事です。
さらに、それぞれのひとが自由な心をもって、終盤の生と向き合えること、
それが、最も大切で、幸せな老後といえるかもしれません。

最後まで、読んでくださりありがとうございました。

拙著「若葉台団地 夢の住まい、その続き」(根本幸江、幻冬舎)もよろしかったら参考になさってください。

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