眠り草 (15)

 思いがけず健司から電話がきたのは、その翌日だった。
「おばさん、なぜいってくれなかったの」
「なんのこと」
「あのことだよ・・・・・・」
 そういった後で、健司は口ごもった。
「だって、健ちゃん知ってたでしょう。ここのこと」
「まさか、ホントだとは思ってなかったんだ。信じられないよ。今からでもやめなさいよ」
 健司はまるで父親のようにいった。
「だめよ・・・・・・もう決めたんですもの」
 聡子も娘のような口調でいう。そういう会話が楽しかった。

「明日と明後日は、取引先と打ち合わせがあるから行けないけど」
「忙しいのね。何よりだわ」
「忙しくて参っちゃうよ」
「健ちゃん、身体だけは気をつけてね」
「なんだよ、そういういい方はやめてくれよ。もう会えないみたいじゃないか・・・・・・」
 それから長い沈黙があった。健司が泣いているのではないかと聡子はふと思った。
「もう会えなくてもいい、もうたくさん会ってるから」
「週末には必ずいくからね。変なこと考えちゃだめだよ」

その夜聡子は、二人の養い子の顔を思い浮かべながらベッドに横になっていた。不思議に落ち着いていて、幸せだった。その時ふいに
「われら、山頂の黒き土に巨なる穴をうがち、人知れず戀の棺を埋めむ」
 という詩を思い出した。西条八十の詩だ。もちろん恋などではない。ただ、兄妹が可愛くてならない。その気持ちを自分と一緒に棺に入れるのだ。

 健司は週末に本当にくるだろうか。来てもいいし、来なくてもいい。もう会えても会えなくてもいいのだ。自分の気持ちはすでに決まっている。
 そしてなぜか、兄妹が小さいときに庭に出て眠り草を見つけたあの夜の情景が浮かんでくる。
 暗い庭先の向こうから、子どもたちが聡子を呼んだ。
「おばさん、見て。この葉っぱ、おもしろい」
「こんなにとじてる。オジギソウっていうの?」
「そう眠り草ともいうのよ」

 あの詩の終わりはなんだったかしら。そうだわ
「われらが棺の上に草生ふる日にも 絶えて知るひとの無かるべし」
 というのだった。今の自分の心にこれほどふさわしいものがあろうか、そう思いながら聡子は深い眠りについた。

                  (了)

            

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